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事態を招いた2つの要素

 このような事態になってしまった背景には、主に2つの問題があると考える。一つは記述試験が少なくなってきたこと。1979年から始まった共通1次試験で、本格的にマークシート方式が定着した。数学の記述試験では、問題解決のための鍵となる部分があり、そこを見抜いて記述することが要点となる。 しかしマークシート試験では、鍵の部分がさっぱり分からなくても、限られた答えの選択肢から選ぶことができる。回答者は、各小問の答えを「当てる」方向に思考を割く。その結果、数学の各項目の重要事項を「理解」するよりも、個々の問題の答えの「当て方」を覚える学びが優先されることになる。

 もう一つは「ゆとり教育」である。算数や数学の授業時間や内容が「3割削減」されたことによって、公式の意味や証明をゆっくり教える時間が少なくなり、公式を用いた「やり方」の暗記で済ます上辺だけの学習が広く定着してしまったことがある。この頃からであろうか、「分かり易い説明」という言葉の解釈に変化が現れた。元来、算数・数学ではプロセスを理解する意味として用いられていたが、それが「やり方」を覚え易いに変質してきたのである。その方が、説明する側も説明を聞く側も、時間的に早いことがある。

 そして、「は(速さ)・じ(時間)・き(距離)」や「く(比べられる量)・も(もとにする量)・わ(割合)」などのような、関係式を暗記するだけの教育が広く浸透してしまったのである。

世界で活躍できる「数学力」のために

 現在、日本は円安から物価が次々と上昇し始めて、大きな社会問題になりつつある。この問題を冷静に考えると、アメリカはインフレだから金利を上げる。日本は大量の国債などがあるから金利を上げられない。したがって、円を売ってドルを買う圧力が強くなって円安になる。これは簡単な算数の発想であるが、このような流れを一転させる対策はないものだろうか。とくに、相対的に安くなった日本の資産が、外国企業によって次々と買われているニュースを聞く度に、歯痒い思いをするのは筆者だけではないだろう。

 戦後の目覚ましい発展を遂げた要因の一つは数学教育だった。だから、小学校の算数教育から「理解」を大切にする方向に速やかに舵を切るべきだ。残念ながら現在、「暗記」優先の実態は「は・じ・き」や「く・も・わ」ばかりでなく、「九九」の分野でも次のような呆れ果てた指導が横行している。これは一昨年度のゼミ生が証言したことである。

 本来、九九を覚えるとき、「サンシジュウニ」ならば、

3+3+3+3=12

 を知った後に覚えることが当然の流れである。ところが、上式のような計算を学ぶ前に、「サンシジュウニ」や「サブロクジュウハチ」のような九九の「言葉」を全部覚えさせられたのである。意味も分からず覚えさせられた側にしてみれば、苦痛であり「算数嫌い」を冗長させかねない。これは教えてくれたゼミ生ばかりの問題ではないだろう。幸いゼミ生は塾に通っていた友人から、その“意味”を教えられて納得したそうであるが、このような事例は他でもいくつもあるのだ。

 文部科学省も、このような事態を改善させるため、中学や高校の数学教員が小学校の算数を教えられるように特例を設けて対応している。それとは別であるが文部科学省は、個別の大学入試で記述式の導入を促す提案をまとめている(読売オンライン2021年7月8日)。このような方針が、日本の算数・数学教育が「暗記」から「理解」に軸足を移すことになることを祈るばかりである。

 数学と数学教育で教鞭を執ってきた大学教員人生の区切りとして、筆者としても何らかの姿勢を示すべきと考え、6月中旬に『新体系・大学数学入門の教科書(上下)』(講談社ブルーバックス)を上梓した。証明と前後左右の繋がりを徹底的に丁寧に述べた書であるので、高校数学を一通り理解している方ならば、全部ではなくても大体の範囲が一通り理解できるように書いたつもりである。

 世界では、優秀な数学力をもった人材を求めているのであって(経済産業省のレポート「数理資本主義の時代~数学パワーが世界を変える」(2019年3月26日)を参照)「暗記だけの数学の学び」を得意とするような人材ではないのだ。

芳沢光雄(よしざわ・みつお)
1953年東京生まれ。東京理科大学理学部(理学研究科)教授を経て、現在、桜美林大学リベラルアーツ学群教授。理学博士。専門は数学・数学教育。著書に『新体系・大学数学入門の教科書(上下)』、『新体系・高校数学の教科書(上下)』、『新体系・中学数学の教科書(上下)』(以上、講談社ブルーバックス)、『AI時代に生きる数学力の鍛え方』(東洋経済新報社)など他多数。

デイリー新潮編集部

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