「アベなきキシダ」なら騙せるはずが… 韓国は安倍元首相死去で右往左往
日韓共同宣言で謝罪をもう一度
――韓国は日本が何と言おうと「謝罪が不足だ」と言います。
鈴置:韓国は「日本が本心から謝罪したか」を決めるのは自分と規定したうえ「まだ不十分だから、言うことを聞け」と日本に様々の要求を突き付けてきた。「謝罪」は韓国外交にとって貴重な切り札なのです。
ところが、安倍元首相が2015年8月の戦後70年談話で「歴史問題でこれ以上、謝らない」との姿勢を明確に打ち出し、韓国の外交カードを粉々に打ち砕いてしまった。安倍元首相が韓国で蛇蝎の如くに憎まれているのは、このためです。
外交関係者は対日交渉カードを失った。国民は日本をひざまずかせる快感を得られなくなった。政権は人気取りの材料を失った。そこに「韓国にすぐに謝ってくれる宏池会」の首相が登場したのです。韓国が謝罪カードの復活に全力をあげるのはある意味で当然です。
尹錫悦大統領は「1998年10月に金大中大統領と小渕恵三首相が署名した日韓共同宣言を再確認しよう」と日本に繰り返し呼びかけています。
韓国が日本文化の開放を約束した宣言と記憶する日本人が多いのですが、韓国側は「日本が植民地支配を反省し謝罪した」宣言と認識しています。
尹錫悦政権は「日韓共同宣言の再確認」というオブラートにくるんで日本にもう一度、謝罪させることを狙っているのです。
大統領選挙中に尹錫悦氏は元慰安婦に「日本に必ず謝罪させる」と約束したと報じられています(『韓国民主政治の自壊』第3章第1節「猿芝居外交のあげく四面楚歌」参照)。政権維持に「日本の謝罪」は必要不可欠なのです。
良心派の日本市民と連帯
――「謝罪疲れ」した日本が応えるでしょうか?
鈴置:韓国は常に日本の内側から「我々は謝罪と反省が足りない」と声を上げさせる作戦を展開してきました。今回もそれを画策しているようです。
左派系紙のキョンヒャンが日本の改憲に関し載せた社説「『改憲早期発議』岸田、アジア人の苦痛から目をそむけるのか」(7月11日、韓国語版)が興味深い。結論部分を訳します。
・改憲するかどうかはあくまでその国の市民が決めることだ。だが、日帝の過酷な支配を経験した韓国の市民としては日本の再武装を可能にする改憲にはっきりと反対する。
・平和憲法の価値は極めて貴重だ。軍備競争に歯止めをかけようとする良心的な声が国家次元でも可能であることを見せよう。平和憲法を護ろうと闘う日本の市民たちに支持と連帯を送る。
もっとも、「連帯すべき日本の良心派」がどれだけ存在するかは不明です。良心派市民の元締めである朝日新聞や毎日新聞も、岸田首相の憲法改正発言に関し社説で一切論じていません。少し前までなら「軍国主義の復活」と非難の嵐だったでしょうに。
メディアを含め韓国の対日外交は空回りしているなあ、と見ていたら、わずかですが冷静な分析を発見しました。中央日報のイェ・ヨンジュン論説委員の「【時視各角】韓日『可能な次善』が最善策だ」(7月12日、日本語版)です。
・[日本製品]不買運動に出た韓国の大衆には安倍氏さえ消えれば韓日関係が改善されるだろうという漠然とした期待感があった。だが安倍氏の後に続いた菅義偉前首相や岸田文雄現首相も韓国に対する立場は変わりがなかった。
・安倍氏が不帰の客となったいまでもそうした期待があるようだ。岸田首相は安倍「上王」の顔色をうかがうほかなかったがこれからは態度を変えるだろうという期待だ。安倍氏が属する派閥の清和会と岸田首相が属する宏池会の政策性向を比較するもっともらしい分析まで付け加える。
・こうした期待は保守本流と傍系が逆転した自民党派閥間の力学関係の変化、派閥間の政策差別性の希薄にともなう「総保守」への収束現象、特に韓日関係懸案に対する一致した声などをすべて無視してこそ到達できる楽観論ないし希望的観測にすぎない。
日本研究界に爆弾発言
――日本をよく見ている韓国人もいるのですね。
鈴置:ある意味、爆弾発言です。韓国の日本専門家たちは自民党の派閥分析をやってみせ、素人を煙に巻くのを常套手段にしてきた。それを「古い手口」と決め付けたのですから。
それに「キシダなら韓国の言いなりになる」という楽観論を否定したら、韓国には打開策がないことになってしまう。実は、この記事の結論は「日本も譲歩せよ」と至って平凡でした。
日本が容易に譲歩しないことは分かっているイェ・ヨンジュン論説委員も「ここはなんとかキシダに譲歩させる」という案しか考えつかなかったのでしょう。韓国の苦境が分かる記事でした。
[3/3ページ]