暴力行為で退場も記録は途切れなかった外国人選手は? 「連続試合安打記録」を巡る人間ドラマ
ルールの恩恵で記録が継続
暴行で退場処分を受け、記録が途切れたと思われたのに、ルールの恩恵で記録が継続し、外国人歴代トップ(当時)の29試合連続安打を達成したのが、横浜のグレン・ブラッグスである。
93年6月27日の中日戦、18試合連続安打を継続中のブラッグスは1回無死一、三塁のチャンスに、津野広志(当時の登録名、本名は津野浩)から2球続けて内角の際どいコースを攻められた直後、左足に死球を受けてしまう。
激高したブラッグスは全速力でマウンドに突進し、津野に殴りかかった。たちまち両軍ナインによる乱闘が勃発し、ブラッグスは暴力行為により退場を宣告された。
この結果、1打席無安打1死球に終わったブラッグスは、連続安打記録がストップしたと報じられた。
ところが、「連続試合安打の記録はすべての打席が四球、死球、打撃または走塁妨害及び犠牲バントのいずれかであったとき、中断されたことにならない」(野球規則10.23b)により、記録が途切れていないことが判明する。
暴行事件のツケ
幸運にもルールに救済されたブラッグスは、7月15日のヤクルト戦で、29試合連続安打を達成し、88年にトニー・バナザード(南海)が達成した外国人記録を更新したばかりでなく、高橋のNPB記録も射程圏にとらえた。
だが、前日14日のヤクルト戦で、延長10回の5打席目に二塁内野安打を記録し、やっとの思いでバナザードに並んだ試合後、クラブハウスの階段で足を踏み外して転倒したことが大きく祟る。
翌15日の試合は痛みをこらえて出場し、バナザードの記録を抜いたものの、その後、右手小指の骨折で全治2ヵ月の重傷だったことが判明。残りシーズンを棒に振ってしまったのだ。これにより、シーズン連続安打の記録も「29」でストップし、思わぬところで暴行事件のツケが回ってきた。
翌94年に復帰したブラッグスは、開幕から3試合連続安打を記録し、シーズンまたぎの参考記録、32試合連続安打を残した。
また、2015年に野口と並ぶ31試合連続安打を記録した秋山は、高橋の記録まであと2と迫った7月14日の楽天戦で、4打席凡退のあと、同点の延長10回に回ってきた第5打席で、フルカウントから「チームの勝利のため」あえて四球を選び、自らの記録ストップと引き換えに、中村剛也のサヨナラ3ランを呼び込んでいる。
記録継続、記録ストップのいずれも、その陰でさまざまな人間ドラマが繰り広げられているのも、連続試合安打記録ならではの“妙味”である。
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