もともと“腐っている”納豆なのになぜ賞味期限があるの? 「発酵食品は腐らない」は本当なのか
日本の発酵食品の代名詞ともいえる納豆ですが、冷蔵庫に常備しているという家庭も多いのではないでしょうか。
そんな納豆ですが、納豆にも“賞味期限”があります。それは“腐る”からです。
植物学や農学といった科学的見地から書かれた食に関するベストセラーを数々世に送り出している稲垣栄洋さん(静岡大教授)の著書『一晩置いたカレーはなぜおいしいのか』では、料理のおいしさの秘密や食材の謎などを解き明かしています。
「発酵」と「腐敗」の謎について同書から紐解いてみましょう。
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納豆を作るのは、納豆菌です。
昔は、納豆は煮た大豆を稲わらに包んで作りました。納豆菌は、自然界では稲わらの中にすんでいて、わらを分解して暮らしています。そのため、煮豆を稲わらで包めば、納豆菌のはたらきで豆が発酵し、自然に納豆になったのです。
発酵食品はなぜ腐りにくい?
人々は、昔から微生物の力を借りた発酵により、さまざまな食品を作ってきました。ヨーグルトやチーズ、パン、鰹節、糠漬け、食酢などは発酵食品ですし、ビールやワイン、日本酒などのお酒も発酵によるものです。
発酵食品は、有益な菌を増殖させることで作られます。こうすると、競合する雑菌が繁殖しづらくなり、腐敗しにくく保存性が高まるという特長があります。
また、発酵のさいには微生物が原料となる食品を分解し、さまざまな物質を作り出すため、栄養価が上がったり、香り成分やうまみ成分が増えて、おいしさが高まるという効果もあります。
◎発酵…人間に有益な納豆菌が増殖することで競合する雑菌の繁殖がしづらい状態。(保存性が高まり、栄養価も高まった状態)
◎腐敗…人間に不利益な納豆菌以外の菌が増殖していて、有害な菌が繁殖している状態。
お寿司はもともと保存食
今でこそ、新鮮な刺身をのせた握り寿司を手軽に食べられるようになりましたが、冷蔵技術のなかった昔は、生の魚を食べるのは簡単なことではありませんでした。特に、日本は高温多湿ですから、食べ物が傷(いた)みやすかったのです。
寿司の起源をたどると、もともとは魚を保存するための技術でした。鮒(ふな)寿司に代表されるなれ寿司のように、ごはんを発酵させて魚を保存させたのが、寿司の始まりなのです。
植物の葉で包む寿司
各地の押し寿司を見てみると、抗菌力のある植物の葉で包んだものが少なくありません。
傷みやすいサバ寿司は、抗菌作用のあるアセ(ダンチク)やバショウ、ハラン(バラン)の葉で包まれています。ハランは漢字では「葉蘭」と書くユリ科の植物です。今では、ハランといえばビニール製のものをイメージしてしまいますが、もともとは植物の葉っぱだったのです。
また、柿の葉寿司はカキの葉で、朴葉(ほおば)寿司はホオノキの葉で包まれています。鱒(ます)寿司や鮭寿司にはササの葉が使われています。これらの葉は鮮やかな緑色で寿司をおいしそうに引き立てますが、本来の役割は彩りや香りを添えるためではなく、植物の持つ抗菌作用で、寿司が傷むのを防ぐことだったのです。
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私たち人間の祖先は冷蔵庫さえなかった環境で微生物をうまく利用し、豊かな食生活を築いてきました。その英知の結晶「発酵食品」一つとっても、食の分野はサイエンスとも非常に関係が深く、料理と食材に隠された「おいしさの科学」の秘密を知ることで毎日の調理と食事がグンと楽しくなるかもしれません。
※『一晩置いたカレーはなぜおいしいのか―食材と料理のサイエンス―』より一部を抜粋して構成。