ドラ1・吉野創士を育てた昌平高・黒坂監督、指導の原点はノムさんだった 厳しい練習で部員から胸ぐらを掴まれたことも
「監督も泣いてるよ!」
2001年、沙知代夫人の逮捕劇で阪神監督の座を追われた野村克也氏。そんなノムさんを再起させたのは、社会人野球・シダックス監督時代の濃密かつ充実した3年間だった。知られざる3年間について、当時の番記者・加藤弘士氏が綴った『砂まみれの名将 野村克也の1140日』には、ノムさんの“遺伝子”を継承した人々も登場する。埼玉・昌平高校を初の埼玉大会制覇に導いた、同校の黒坂監督もその一人だ。【加藤弘士/スポーツ報知デジタル編集デスク】
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【写真12枚】野村監督が「一番楽しかった」と振り返るシダックス時代
「第1巡選択希望選手 東北楽天 吉野創士 外野手 昌平高校」
その瞬間、会見場にナインの歓声が響き渡った。ドラフト1位。新天地は杜の都だ。誰もが拳を突き上げ、仲間の新たな出発を祝った。
拍手が鳴り止まない中、監督の黒坂洋介は隣に座った吉野と固く握手を交わした。愛弟子は泣いていた。黒坂も感極まった。良かったな。おめでとう。入学から今までの鍛錬の日々に思いを致すと、熱い滴が頬を伝うのが分かった。報道各社のフラッシュが絶え間なく光り、師弟の熱い絆を照らした。
2021年10月11日、プロ野球ドラフト会議。埼玉県杉戸町にある昌平に、同校初のプロ野球選手が誕生した。
吉野は通算56本塁打を誇る高校球界屈指のスラッガーだ。身長185センチで肩も強く、将来的には中軸を担える逸材としてプロのスカウト陣からも高評価を得ていた。
でも、まさかドラフト1位で指名をされるとは――。
黒坂はシダックス時代の恩師・野村の言葉を思い返していた。
縁に始まり、縁に終わる。
楽天は野村が2006年からの4年間、監督を務めた球団だ。吉野が高校1年生の頃からその才能に惚れ込み、視察を繰り返してきた楽天の担当スカウト・沖原佳典は野村が阪神監督時代、「F1セブン」と命名して売り出した内野手だった。さらにGM兼監督として「吉野1位」を決断した石井一久も、野村がヤクルト監督時代、手塩にかけて育てた投手である。
初めてプロに送り込む生徒が、こんなにも野村との「縁」で結ばれているなんて。
黒坂はもう一度、涙をぬぐった。
「監督も泣いてるよ!」
お調子者の部員が言った。誰もが笑顔になった。
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