香川照之だけじゃない「六本木クラス」がコケそうな3つの不安要素

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ただの復讐劇では無い

 もちろん「梨泰院」でも土下座はキーワードのひとつだし、セロイの「俺の復讐は15年がかりだ」というセリフもある。だがこうした要素をそこまでフィーチャーしてはいない。というのも「梨泰院クラス」のパク・セロイにとって復讐は通過点でしかなく、究極の目的はその先にある「自由」だからだ。

 彼の目的は「社会のハズレもの」として扱われる自分と仲間たちが、誰にも邪魔されず自由に生きられる世界を作ることである。セロイが梨泰院を気に入り、自分のビジネスの第一歩を踏み出す場所として選んだ理由がそこにある。梨泰院は韓国であって韓国でない、これ以上ないほどに多様性に富んだ町なのだ。

 その多様性を象徴するのが、セロイの仲間たちである。高校中退の前科者であるセロイを中心にしたメンバーは、片親の天才でソシオパス(反社会性パーソナリティ障害)、セロイの刑務所仲間の元ヤクザ、トランスジェンダー、庶子、韓国人を父に持ちながら国籍を認めてもらえないギニア生まれの黒人青年。儒教的価値観や父権主義の根強い韓国において、差別対象になりうるマイノリティばかりなのだ。多様性に満ちた梨泰院は、彼らが目指す「自由」な世界のひな型なのである。

(2)ヒロイン麻宮葵のキャラクターの改変

 私がそれ以上に作品の根幹にかかわる問題だと思うのは、「梨泰院」で最大の魅力といってもいいヒロイン、チョ・イソのソシオパス(つまり精神疾患)設定が、公式HPを見ると「六本木」のヒロイン・平手友梨奈演じる麻宮葵から外されていることだ。ちなみにチョ・イソはマネージャーという設定だが、「六本木」の葵は「店員」とクレジットされている。そこからは新たな不安も湧き上がる。

「梨泰院」の何が面白かったかといえば、女子キャラクターがまったく新しかったことだ。セロイを中心に三角関係を作る、ソシオパスのチョ・イソと、セロイの幼馴染オ・スアの2人のヒロインは、どちらもどこか歪んでいて(なのに魅力的で)、前時代の「女子に求められるもの」――優しさ、献身、従順さ、我慢、優等生的態度、補佐的役割、いわゆる女らしさ――をまったくもって持ち合わせていない。その部分が、ソシオパス設定を外した「六本木」でも表現されているのか、どうも怪しく思える。「梨泰院」にあった型破りな女子キャラが、日本的に無難に好感度高めなキャラクターに収められているような気がしてならないのだ。

 さらにもっと言えば「梨泰院」のセロイも、チャン会長のような人間が勝利してきた前時代の「男性としての優位性」を持ち合わせていない。学歴もコネもない前科者で、女性経験が無いことも明確に示され、それを全く恥じていない。つまり「梨泰院」は若者たちが前の時代の常識を捨て去り、新たな時代を築いてゆく物語であり、それこそがドラマの痛快さと爽快さを支えているのだ。

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