注射するだけで老化の進行を遅らせられる? 順天堂大チームが開発した「老化細胞除去ワクチン」
「一般化」への努力
では、もし正確な指標があれば、「あなたの生物学的加齢は70歳。物理学的加齢の50歳より年を取り過ぎているので、老化細胞を除去しましょう」との診察をもとにした治療が一般化するのだろうか。
先の南野氏は、現状では難しいと語る。
「その理由は、厚生労働省が老化を病気と捉えていないから。だから“老化を治す”という効果や効能を持つ薬が保険適用されることもないんです」
加齢に伴う疾患は決して少なくない。動脈硬化や糖尿病、アルツハイマー型認知症、肺線維症、慢性腎臓病、変形性膝関節症……。少なくともマウスを用いた実験では、老化細胞を除去することで、さまざまな症状が改善することが報告されている。にもかかわらず、広範囲に効果があることを理由に一般的医療として認められないというのであれば何とも歯痒い話だ。
「だから、まずは特定の疾患に対する老化細胞除去ワクチンの有効性を検証したいと考えています」
では、その特定の疾患とは何か。
「目下選定中ですが、まだ有効な治療薬のない疾患が最初の候補になる。マウス実験でわれわれの老化細胞除去ワクチンに動脈硬化の症状を改善する効果があると思われましたが、すでに動脈硬化には良薬がある。疾患を特定できたら効果を示して保険適用を達成し、段階的に対象疾患を増やしていきたい」
これまで難しかったがんの治療に
一方、がん研で老化細胞とがんとの関係に注目して研究を進める高橋氏が望んでいるのは、まったく新しいタイプのがん治療薬だ。
「確かに分子標的薬や、オプジーボなどの免疫チェックポイント阻害剤は画期的な治療薬ですが、それでも奏効しない患者さんは一定数存在します。これらの薬は特定の遺伝子の変異によって発症したがんには効きやすい一方、喫煙や肥満、加齢といった、遺伝子にランダムな変異が入った結果として発症するがんには効きにくい。老化細胞を標的とする治療薬によって、これまで難しかったがんを治療できるようになることを期待しています」
老化細胞は炎症物質を出して慢性炎症を引き起こすなど、人体に悪影響を及ぼしているとはいえ、それを取り除いたら取り除いたで、例えばがんが発症しやすくなるなど、何か不都合はないのか。
「最近の論文では、たくさんある老化細胞を除去しすぎると臓器の形を保てなくなったり、血管を再生できなかったりといった弊害が起きると報告されています。それに対して、老化細胞そのものを除去するのではなく、老化細胞が出す炎症物質をブロックするような治療法を模索すべきだという考え方も生まれているんですよ」
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