香港、返還25年で警察監視社会が完成 「憂鬱の島」は今後こうなる

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親中派か民主派か自決派か…

 では、この7月1日に始まる一国二制度の残り25年、そしてその先の香港はどうなるのだろうか。

 香港市民の自由な言論は封じられ、その行動が常に監視されることは間違いない。その監視の目は、今後回復していく見込みの外国人観光客やビジネスパーソンにも向けられることがあるかもしれない。政治的な発言はたとえ外国人であってもリスクを伴う。

 他方、それら人心の自由と経済活動とは話が異なる。というのも、香港のアジア金融都市としての地位は、国家安全維持法成立後に中国共産党の締め付けが厳しくなってきた中でも揺らいでいない。イギリスのシンクタンク等による世界金融センターランキングでは、国安法成立前も成立後も、香港の順位はニューヨーク、ロンドンに続いて3位。アジアでは1位ということになる。GDPも株価指数も堅調に推移している。

 また、中国共産党内部のリアルな情報が得られる場所としても、弱体化しているとはいえ、香港は機能し続けている。2020年8月にリンゴ日報社長の黎智英(ジミー・ライ)が逮捕され、廃刊に追い込まれたことは確かに衝撃的な出来事だった。リンゴ日報は反中共がウリで多くの香港人に愛されていたが、国安法施行で血祭りにあげられた。その反面、香港各紙は今も、秋の中国共産党大会を前に動く地方や各省庁の人事報道をめぐり、しのぎを削っている。情報は玉石混交だが、これは今に始まったことではない。返還前から香港は中国共産党内の各派閥による情報戦争の最前線となっていて、とにかく情報がどんどん流れてくる。

 国安法の施行で、香港は自由な思想を発表するメディア機能を完全に失ったが、中国共産党内部でいま何が起きているのかをどこよりも早く報じる機能は維持し続ける。

 とは言え、猥雑でエネルギーに溢れた80年代後半の香港で学生生活を送り、香港人や様々な国の留学生とともに政治論争を交わした筆者としても、自由闊達な議論の場が失われたことは残念に思う。香港人教師や学生が穏やかに政治議論をしていた姿も今後は見られないのだろう。

 日本でも間もなく公開されるドキュメンタリー映画「BLUE Island 憂鬱之島」の中で、老いた実業家は「私たち香港の人間は自らの運命を決めたことは一度もない、常に翻弄され続けていた」と話す。その場面を観ながら、私は89年の香港での中国語の授業を思い出した。中国語研修に来ていたイギリスの外交官が、拙い中国語で「なぜ香港に自由がないか、それは香港が我々の植民地だからだ」と言い放ち、香港人女性教師が見せた哀しそうな顔が映画のスクリーンに重なった。その8年後に香港は中国に返還され、50年間の一国二制度の下で今度こそ自らの運命を決められるはずだったが、それは幻想に過ぎなかった。これまでもこれからも、香港は憂鬱の島なのだ。

 親中派となり中国とうまくやっていく道を選ぶか、民主派として幻想を追い求めるのか、自決派として覚悟の元に負け戦をするのか。実際に選択の余地はほとんどなく、大半の香港人は中国大陸への嫌悪感を持ちながらも、選ばねばならないタイミングが来た。それがこの7月1日なのではないだろうか。

武田一顕(たけだ・かずあき)
元TBS北京特派員。元TBSラジオ政治記者。国内政治の分析に定評があるほか、フェニックステレビでは中国人識者と中国語で論戦。中国の動向にも詳しい。初監督作品にドキュメンタリー映画「完黙 中村喜四郎~逮捕と選挙」。

デイリー新潮編集部

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