総合菓子メーカーからウェルネスカンパニーに生まれ変わる――太田栄二郎(森永製菓代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】
心の健康と体の健康
佐藤 これからは、社長として会社を「ウェルネスカンパニー」へ変えていこうとされています。
太田 それまでの中期経営計画では、成長は「海外と健康」だと言ってきました。ただ、その時のウェルネスは、お客様の体の健康でした。それを昨年初めて作った2030年に向けての経営計画では、心・体・環境という三つの価値をお客様と従業員、社会に提供すると再定義しました。
佐藤 健康志向は大きな流れです。
太田 体の健康では、一つのブランドで、健康的な要素を付加した商品を展開してきました。ブランド・エクステンションと言っていますが、先ほどお話ししたコロナ禍の中でのinゼリーがまさにそれです。また、素材の持つ健康効果もアピールするようにしてきた。例えば、ずっとボトル容器で売ってきたラムネ菓子です。考えてみたらラムネは90%がブドウ糖でできているんですね。
佐藤 だから脳への吸収が圧倒的に早いですよね。
太田 社内では、その重要さがあまり認識されていなかった。ブドウ糖は考えるためのエネルギー源ですから、集中力につながります。それを強調して大人向けに粒を大きくしてパウチ形態で発売したら、売り上げが3~4倍になりました。
佐藤 inゼリーでもブドウ糖入りのラムネ味を作られたのは、その成功体験があるからですね。一方で、inゼリーにはカロリーオフの商品もあります。
太田 昔は栄養価が高いものが求められました。弊社はアメリカで11年間、西洋菓子を学んだ森永太一郎が1899年に創業しましたが、当時の日本はまだ栄養が十分でなかった。だからそれを補う商品を出してきた。まさに森永ミルクキャラメルがそうで、パッケージにはいまも昔のままに「滋養豊富、風味絶佳」と書かれています。
佐藤 甘さはご褒美でした。そしてカロリーが高いのも売りになった。
太田 でも、いまは逆です。栄養を取り過ぎないことも大切です。これだけ世の中が豊かになってくると、求められるものも変化してきますし、味覚も変わってきます。だから時代に合わせて、商品を進化させていかなければなりません。
佐藤 ただ、おいしくないといけない。
太田 味を作る技術は非常に重要で、例えば健康素材であるプロテインそのものは食べにくい。それをinゼリーやinバーに入れても、マスキングという技術でおいしくするんです。またコラーゲンも匂いが強いのですが、「おいしいコラーゲンドリンク」という名前の通り、おいしい飲み物になっています。
佐藤 心の健康の方は、どんなことを目指しているのですか。
太田 例えば、チョコモナカジャンボのパリパリ食感です。その心地よさを脳波や副交感神経の動きなどから解析して、どういうものを食べると幸せな気分になるか、幸福感を覚えるかを研究しようと思っています。ハイチュウのチューイング性(かみごこち)なども研究していきます。いま弊社の研究所が外部の研究機関とも協働して、科学的なアプローチで心の健康の定義を作ろうとしているところです。
佐藤 それは面白い試みですね。
太田 またお菓子には情緒的価値があります。東日本大震災の時にも、最初は水や食料が求められましたが、時間の経過とともにお菓子が喜ばれるようになった。
佐藤 よくわかります。私は逮捕されて512日間、拘置所にいました。そうした環境にいると、チョコレート一枚で心のありようが変わってきます。また父から聞いたのですが、軍隊の酒保では森永のキャラメルが人気で、それがすごい安らぎになるということでした。
太田 そうしたお菓子の情緒的な力を含めて研究していくことで、お客様の満足度を上げることができると考えています。
佐藤 お菓子は、子供の頃のさまざまな記憶とも結びついています。
太田 いま、子供たちが食べるお菓子の量は減っていますが、シニア層では増えているんです。60代、70代が増え、長寿社会になっていくにつれて、その世代がお菓子に戻ってきた。その傾向は、今後ますます強まります。そうなると、少しでも体にいいものを、ということになる。
佐藤 ターゲットも広がりますね。
太田 2030年に向けて、「心の健康を深掘り」し、「体の健康を加速」して、「心の健康から体の健康へ進化」させていきます。
佐藤 そこには、一つの人間観が感じられますね。身体的な健康を考え、脳科学的なアプローチを行い、さらに心理的な側面にも着目する。今後の企業活動が楽しみです。
太田 お菓子の力は大きい。まだまだお菓子には多くの可能性が残されていると思っています。
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