レスリング東京五輪金メダル「川井」に勝利した 慶応大「尾崎野乃香」 図らずも2人の口から同じ言葉が
レスリングの明治杯全日本選抜選手権の最終日(6月19日)は、東京五輪のメダリスト5人(金3人、銀・銅各1人)が久しぶりに公式戦のマットに立った。4人は貫禄を見せて優勝したが、62キロ級の金メダリスト川井友香子(24)=サントリービバレッジソリューション=だけが敗れる波乱があった。【粟野仁雄/ジャーナリスト】
川井と尾崎の初対決
川井を破り大金星を挙げたのは、尾崎野乃香(19)=慶応大学=だ。尾崎は五輪明けで川井が参加しなかった昨年12月の全日本選手権(天皇杯)でも優勝しており、この勝利で9月の世界選手権(ベオグラード)の参加資格を得た。2年連続での世界選手権だ。初出場だったオスロでの世界選手権では3位に食い込んでいる。
川井とは今回が初対決だった。
細かく加点されて1-2の劣勢となった川井は、試合終了直前に猛攻を仕掛けたが、尾崎は圧力に負けずに潰れないで耐えた。そして終了のブザー。最後はもつれて、川井のセコンドがチャレンジ(不服申し立て)をした。審理を待つ間、不安そうにマットを歩き、状況を訊ねる尾崎に、セコンドは「大丈夫だ」と声を掛ける。結局、チャレンジは通らず、尾崎の勝利となった。
その瞬間、「ウオー」と吠えた(?)尾崎は、ぼろぼろと泣き出し、表彰式でも涙が止まらない。会見では「本当に頑張ってきてよかった。お世話になった人に恩返しできた」と感無量の様子。そして「タックルでポイントを取りたかったけど、絶対に勝つためにはどうしたらいいかを考えた。1点勝負でも勝とうと思っていた」などと振り返った。
勝敗を分けた「パッシブ」とは?
その通りの試合となっていた。
尾崎が消極姿勢を取られたパッシブ(後述)で、川井が1点リードした。2ピリオドでは2度取られたアクティヴィティタイム(後述)を、尾崎が無失点で乗り切った。これで2-1と逆転。
見ていてわかるような技は双方になかった。尾崎は「僅差で勝つことができた自分を褒めてあげたいとは思います。ポイントを取りに行きたかったけど、駄目だったら攻めているように見せるとか考えていました」と戦術面も吐露した。
五輪チャンピオンへの初挑戦なのだから、普通は「返されてもいい」とばかりに大技をぶつけてみるなり、「当たって砕けろ」で行きそうなものだが、尾崎のこのあたりの緻密さ、冷静さには恐れ入る。ただ者ではない。川井に押されている印象もなかった。会見で川井の圧力の印象を訊くと、「力は強いなと思ったけど負けないで前に出ました」と返ってきた。
ただ、彼女の責任ではないが、正直、観戦側からは極めてわかりにくい試合ではあった。どこに差があるかわからないのに、なぜか片方にパッシブが与えられるように見えた。尾崎に「パッシブというやつ、見ていてもさっぱりわかりませんが、やっているほうはわかるのですか?」と訊くと、「そうですね。あんまり気にしないようにはしていて、なんで取られたのかとか思わないようにしています。(理由が)わかる時もあります」と答えてくれた。
結局、この尾崎本人でも「よくわからない」細かなポイントが勝敗を分けた。
パッシブというのは、柔道でいえば攻めない側に与えられる「指導」にも似るが、レスリングはちょっとややこしい。消極姿勢に対してはまず1回、主審から口頭注意を受ける。2回目になると30秒間のアクティヴィティタイムが設置される。試合は中断しない。ポイントを取ればタイムは解かれる。しかし、その間にパッシブを取られていた選手が得点できないと、相手側にポイント1が入る。逆に相手選手が30秒間にポイントを取れば、そのまま加算される……。ちなみに、これはフリースタイルのルールで、グレコローマンは少し違う。
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