高インフレの米国 苦し紛れで大手石油会社を槍玉にあげたバイデンを危惧する理由

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インフレが生む「憎悪の炎」

 インフレの影響は経済面にとどまらない。心理面での影響も見逃せない。人々のインフレに対する意識、特に忌避感が高いことから、インフレ対策にはポピュリズム的な要素が紛れ込みやすい。

 ガソリン価格の高騰に対する不満が渦巻く中、バイデン大統領は10日のロサンゼルスの演説で「エクソンモービルなどの石油会社はガソリン価格の高騰につけ込んで『神』よりも儲けている」と批判した。

 ガソリン価格が高騰しているのは、需要の回復過程でウクライナを侵攻したロシアへの制裁や精製能力の逼迫などの要因が重なったからだが、バイデン大統領は政権への批判をかわすため、あえて大手石油会社をやり玉に挙げたのだ。

 米国人の3人に2人が「インフレを悪化させているのは悪徳企業が便乗値上げをしているせいだ」と考えていることを意識した発言だったのかもしれないが、「非常に軽率であり、後顧の憂いを残すのではないか」と筆者は危惧している。「巨悪を名指して糾弾し、人々の歓心を買う」という物言いはポピュリストの常套手段だからだ。

「インフレは民主主義を衰退させる」との指摘がある(6月6日付日本経済新聞)。

 インフレは一部の者だけが恩恵に浴する事態を生み出す。困窮した人々の不満は高まるばかりだが、政府がインフレがもたらす不平等を是正する有効な手段を持ち合わせていないことが多い。このため人々の不満が政治への不信に変わるのが常なのだが、このような政治状況下で最も活躍するのはプロパガンダを駆使するポピュリストだ。彼らが人々の憎悪の炎をかき立てればかき立てるほど、社会に深刻な分断が生まれる。その結果、民主主義が麻痺してしまうというわけだ。

 極端な例としてしばしば取り上げられるのは第1次世界大戦後のドイツだ。ハイパーインフレに見舞われたドイツでは「お金と同様、自分も無価値になってしまった」と人々が絶望し、その後のファシズムの台頭を招いたというのが定説だ。

 米国が当時のドイツのような苦境に陥るとは思わない。だが、金融政策など従来のやり方でインフレを抑制することができず、功を焦るあまりバイデン政権がポピュリスト的な手口を多用するようになれば、機能不全が囁かれる米国の民主主義は危機的な状態になってしまうのではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

デイリー新潮編集部

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