「戦場にいない間、全てを忘れたい」と語るウクライナ兵 50日間現地取材した記者が明かす戦地のリアル
「遺体」と「酔っ払い」
夜間外出禁止令の影響で、街の明かりはほとんど消され、辺りは漆黒の闇に包まれたようだった。その時点でキーウ近郊からロシア軍が撤退していたため、まずは「虐殺の街」と呼ばれたブチャへ足を運んだ。
中心部の国鉄ブチャ駅から南に延びるヴォグザルナ通りには、焼け焦げたロシア軍の戦車が何台も放置されていた。ひん曲がったキャタピラーや砲弾、ロシア兵の軍服などが散乱し、やや焦げ臭い。周囲の民家は粉々に破壊され、ほとんど原形をとどめていなかった。この付近に住んでいるというウクライナ人たちに、同行の通訳を介して話しかけた。
「頭部が撃ち抜かれた女性の遺体を見た」
「ロシア軍にレイプされた女性もいる」
帽子をかぶったひとりの中年男性が必死に訴えてくる。彼の顔はほんのり赤い。ウオッカでも飲んだのか、酔っ払っているようだ。
この酔っ払いに遭遇する前、私は路肩に倒れていた民間人の遺体を目撃している。首から上がない亡きがらを……。猫の死骸も同様だった。
「ワインのボトルを隠さなくても大丈夫ですよ」
その隣に停まっていた車はリアガラスが全て割られ、ボディーは銃弾でボコボコに穴が開いていた。現場で実況見分していた警察官が取材に応じた。
「これは明らかに、ロシア軍による銃撃で殺された」
この直後の酔っ払いだったため、その温度差に戸惑った。初めて目の当たりにした首なし遺体と、赤ら顔の現地住民――。破壊されたマンションの広場で酒盛りをしている住民たちにカメラのレンズを向けると、ワインのボトルをテーブルの下に隠されたこともあった。不謹慎と思われるのが嫌だったようだ。だが、冷静に考えれば、酒ぐらい飲むだろう。ロシア軍の占拠中は飲酒どころではなかったはずだから、撤退した今はアルコールに対する「リバウンド」が起きているのかもしれない。悲しみに暮れる戦争被害者――。そうしたステレオタイプに収まらない、リアルな人間模様を、新聞・テレビは決して伝えてくれない。だから、ありのままの姿を撮りたかった。
「ワインのボトルを隠さなくても大丈夫ですよ」
私の意図が通じたのか、住民たちは快く応じてくれた。
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