アンモニアを燃料にして火力発電所を脱炭素化する――小野田 聡(JERA代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】
ロシアのウクライナ侵攻でやや風向きが変わったとはいえ、欧州各国は電力供給源を風力や太陽光など再生可能エネルギーに転換しようとしている。いまや火力発電はすっかり悪玉だが、それを新技術でCO2排出ゼロにすべく挑んでいるのがJERAである。日本発「脱炭素火力発電」は世界を変えるか。
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佐藤 ロシアのウクライナ侵攻とそれに対する西欧各国の経済制裁によって、世界的なエネルギー危機が生じています。日本のエネルギー自給率は12%足らずですから、今後、さらに大きな影響が出てくるでしょう。その中で日本最大の発電事業者であるJERA(ジェラ)の役割は、非常に大きなものがあります。いま、国内電力のどのくらいを発電しているのですか。
小野田 全体の3割です。国内の火力発電の半分を占める発電能力があります。
佐藤 一般には、その社名にまだあまりなじみがないと思いますが、新しく設立された会社です。
小野田 弊社は2015年に東京電力と中部電力が折半出資して設立されました。海外発電、燃料の調達、輸送などを段階的に統合していき、2019年に両社の火力発電事業を統合して現在のかたちとなりました。
佐藤 JERAという社名には、どんな意味があるのですか。
小野田 JAPANのJとENERGYのE、そして時代を意味するERAのRAを組み合わせたもので、国内にエネルギーを安定的に供給しつつ、国際市場においては激化するエネルギー獲得競争を勝ち抜き、エネルギーの新時代をつくっていく、という思いが込められています。
佐藤 ロゴは小文字なのですね。
小野田 エネルギーは人々の生活に寄り添うパーソナルな関係性もありますから、それを表現するために小文字にしました。
佐藤 従業員数はどのくらいですか。
小野田 約4900人です。ほとんどが東京電力や中部電力からの出向者でしたが、2021年4月にその9割が転籍して弊社の社員となりました。また昨年から新卒の採用も始め、今年4月には92名が入社しました。
佐藤 電力会社というと、一昔前までは安定した企業の代表格で、国家公務員試験の総合職に合格した人でも入社することがありました。
小野田 そうですね。私が中部電力に入社したのはもう40年も前ですが、先輩から「寄らば大樹の陰」と思って入ったなら大間違いだ、と言われたのを覚えています。当時は第2次オイルショックの直後でしたが、いまも同じで、これだけ世界が変化していると何が起こるかわからない。その中で、暮らしとモノづくりを支える電気を、安全、安価に安定してお届けしていかなければなりません。
佐藤 私は1987年にソ連時代のモスクワ大使館に赴任しましたが、まず先輩の案内で赤の広場に行ったんです。そこからモスクワ川を挟んで発電所が見えるのですが、そこに「共産主義とはソビエト権力と全国土の電化である」というスローガンが掲げられていたんですね。レーニンが重視したのは火力発電所でしたが、ロシア人は、そうしたスローガンを見て、国家の根幹をなすものが電力だと強く意識しながら暮らしてきました。
小野田 国家が手がけるにしても、民間会社がきちんと供給するにしても、電力が社会の根幹を支えているのは間違いありません。日本の電力会社は、戦後に9社体制になり、電力を安定的に供給することで、産業を興し、発展させ、国民の生活を豊かにすることに貢献してきました。その思いと使命感は、この会社にも受け継がれています。
佐藤 ただ、今回のウクライナ侵攻以前から、エネルギーをめぐる経営環境も国際情勢も大きく変わってきましたね。
小野田 はい。電力の安定供給に必要なコストに事業報酬を加えた総原価が、料金収入と一致するよう電気料金を算定する「総括原価方式」に対して、厳しい目が向けられるようになり、そこから自由化が少しずつ進められてきました。またオイルショック以降、それまで石油一辺倒だった燃料が見直されて多様化が進み、石炭、天然ガス、原子力、そして現在は再生可能エネルギーも加えて、電源を多様化することが、エネルギーの安定供給やセキュリティーにも寄与すると考えられるようになりました。
佐藤 私くらいの世代だと、昔、教科書で学んだことからアップデートされていなくて、火力発電というと、いまだに石油を燃やしていると思っている人がいます。
小野田 現在、当社の石油火力発電所は設備の老朽化により、運転しているところはありません。最後にできたのは1987年の尾鷲三田(おわせみた)火力発電所ですが、廃止となっています。ただ燃料である石油には備蓄能力がありますから、電力が需給逼迫した際には、タンクにある石油を使うことができるという考え方もあります。
佐藤 いまはほとんど液化天然ガス(LNG)ですか。
小野田 LNGによる発電が約8割、石炭が約2割です。LNGはご存じのように、二酸化炭素の排出量が少ないのですが、性質上、石油のような長期の備蓄にはなじまない。ですので、どう燃料を安定的に確保するか、変動する需要に合わせてどのように調達量を調整するかが非常に難しいですね。
佐藤 しかも各国から効率的に運んでこなければならない。
小野田 その通りです。まずボリューム(量)が必要ですし、調達国の多角化も必要です。弊社はシンガポールにあるJERAグローバルマーケッツという子会社でLNGや石炭のトレーディングをしていますが、海外のさまざまな地域から調達し、JERAだけでなく、他の事業者や市場にも販売して、価格変動分を吸収できるようにしています。
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