総制作費88億円! 地上波ドラマから失われた要素を凝縮した名作「TOKYO VICE」

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「TOKYO VICE」と聞いて「凶悪犯罪を扱うよくある刑事モノ」と勘違いしていた。昔のドラマ「マイアミ・バイス」を想像したから。同じ監督だし、ハリウッドの魔法と金の力でちょっとカッコよく東京の刑事を描くんだろうなんて思っていたら大間違いだった。

 そもそも刑事が主役ではない。1990年代の東京。米国人の新聞記者・ジェイク(アンセル・エルゴート)が日本特有の「不自由な報道」の壁にぶち当たる物語が主軸だ。事件の報道は警察発表の通りにしか書けず、不可解な事件の真相を追いたくても、そもそも上司が阻む。ジェイクは、焼身自殺した男性が怪しげな街金から金を借りていたことを知る。刑事やヤクザに近づいて情報を入手しようと画策するも、逆に利用されたり、触れてはいけない闇に踏み込んだりで、翻弄されていく。新米記者が見た日本・東京の悪習=TOKYO VICE、というわけね。

 ジェイクが食らいつくのは闇社会の事情通で敏腕刑事の片桐(渡辺謙)、軽薄な悪徳刑事・宮本(伊藤英明)。直球でぶつかっていくも、日本独特の仁義となれ合いという洗礼を浴びる。新入社員の尋常ならざる奮闘記として、すこぶる面白い。

 実はもうひとり、新米がいる。ヤクザの新米・佐藤だ。演じるのは笠松将。こっちのストーリーもある意味青春奮闘記(極道だけど)。調理担当の下っ端から裏街道をのし上がっていく様子、ワケあり米国人ホステスのサマンサ(レイチェル・ケラー)との胸キュン恋模様とかね。キレッキレのどう猛な筋肉を見せたと思ったら、純粋な少年の顔も見せたり(バックストリート・ボーイズの曲が好き)、さらにはレイチェルとの濃密な絡みもあり。切ない表情には愛おしさすら覚える(極道だけど)。ここ数年、笠松の飛躍を見守ってきたが、代表作と言ってもいいよね。

 で、関西勢の台頭で血なまぐさい抗争に発展する反社の世界を極彩色で描くのだが、迫力のあるメンツをそろえた点も評価したい。任侠を重んじる東京ヤクザの組長を菅田俊、極悪非道にシマを荒らす関西ヤクザの組長に谷田歩(どうやら余命僅かっぽい)。反社を礼賛するつもりは1ミリもないが、痺れるメンツに胸が高鳴る。

 そもそもキャスティングがいい。同僚記者に菟田高城(うだたかき)と田中光輔。セリフの半分以上が英語で、演技に説得力は必要。オーディションを勝ち抜いた感のあるふたりが実に頼もしい。新入社員にしては老けているが、だいたい日本のドラマは人物が幼稚すぎるからね。ふたりは役名がトレンディとティンティンっつうあだ名扱いだが、ジェイクを支える重要な役回りでもある。

 そして直属の上司・丸山は菊地凛子が演じる。男社会の新聞社で孤軍奮闘。韓国にルーツをもち、同居の弟が精神疾患を抱えている複雑な設定。凛子のにじみ出る芯の強さ、適役である。

 他にもサマンサを脅す客に山田純大(じゅんだい)、クズホストに山下智久と英語力重視の配役。

 地上波のドラマから失われた(排除された)モノを凝縮した名作。88億円かけたかいがあるってもんだ。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2022年6月9日号掲載

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