世界最高齢で太平洋横断の83歳「堀江謙一さん」 帰港セレモニーで希望通りに「ビール」を飲めなかったワケ

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60年前の偉業

 堀江さんは60年前の1962年、今回と同じ大きさの「マーメイド号」で西宮港から米サンフランシスコまでの単独無寄港太平洋横断に世界で初めて成功し、『太平洋ひとりぼっち』がベストセラーになるなど、一躍「時の人」となった。「もはや戦後ではない」で高度経済成長へ驀進、敗戦から立ち直り「元気印」となってゆく日本人を象徴する存在でもあった。

 西宮市出身の筆者にとって堀江さんは郷土の英雄で、その快挙は『太平洋ひとりぼっち』を子供向けにしたような本で読んだ記憶がある。航行中に出会った貨物船か何かの船員に「Where are you born?」と生まれを訊かれたのに「bone(骨)」と勘違いして意味が分からなかったとか、船から初めて見たアメリカ大陸の土は赤かったといったことが書いてあったことを覚えている。

 1974年と2005年にはヨットで西回り、東回りの単独無寄港世界一周に成功。縦回り地球一周も達成している。今回は、2008年に波力だけ推進する小型船でハワイから紀伊水道を航海して以来だった。

批判から一転、ヒーローに

 実は『太平洋ひとりぼっち』の単独無寄港太平洋横断は、パスポートも持たない密出国だった。捜索願いが出たこともあって、日本では「強制送還されれば逮捕」「無謀で迷惑な冒険」などの批判が集中し、「キセルしていたはずだ」などと叩かれた。ところがサンフランシスコ市長が称賛し「コロンブスはパスポートを省略した」と名誉市民にまでしたことが伝わるとマスコミは手のひらを返して絶賛、堀江さんは国民的ヒーローになる。米国民の破格の歓待がなければ「身勝手な冒険をした迷惑男」で終わったかもしれない。その時のマーメイド号は、現在、日本にはなく、米国の博物館に飾られている。茶目っ気たっぷりの万年青年の原点はやはり米国なのかもしれない。

 会見で、堀江さんは洋上生活について「昔はラジオしかなかった。今はいろんな情報が入ってくる。でも、『フルノさん』(魚群探知機を開発。船舶レーダーで知られる西宮市の会社)の追跡システムは、なんか全部丸裸にされているような気がして……」と笑わせた。洋上では、西宮市の小学校の生徒たちとネット交流し、子供たちの質問に答えていた。それは楽しかったのだろう。しかし、通信機器の発達で今や不可能になってしまった「ひとりぼっち」。本当はそれが恋しくなっているのではないだろうか。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に『サハリンに残されて』(三一書房)、『警察の犯罪――鹿児島県警・志布志事件』(ワック)、『検察に、殺される』(ベスト新書)、『ルポ 原発難民』(潮出版社)、『アスベスト禍』(集英社新書)など。

デイリー新潮編集部

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