「慰安婦証言」はなぜ二転三転? 「慰安婦は売春婦の一種」発言で訴追された韓国人元教授が検証
慰安婦たちの初期の証言から浮き上がるのは、貧困によって売られたという哀れな姿である。しかし時を経るにつれて、誰もが「日本軍に強制連行された」と主張するようになっていった。その背後には、彼女たちを政治利用しようとした日韓左派勢力の連携があった。【柳 錫春/元延世大学教授】
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【写真5枚】「慰安婦は売春婦の一種」発言で訴追された「柳錫春」元教授
李容洙及び金学順の二人は挺対協(韓国挺身隊問題対策協議会)が主導した慰安婦運動を象徴する人物である。『赤い水曜日』の著者である金柄憲は、彼らが1990年代初めから今日まであらゆるメディアで証言した記録を一つ一つ追跡し、証言の変化を分析した。
2007年2月の米議会で李容洙は「軍人に連れ去られた」と証言したが、その15年前の1992年8月のKBSの生放送では「革靴とワンピースに魅了されてついて行った」と証言していた。
米議会での映像は仕切りに隠れているが、その音声は、証言の主が李容洙であることを明確に確認できる。
KBSでの証言は、1993年に挺対協が出版した『強制連行された朝鮮人軍慰安婦たち「証言集I」』の124頁にある記録とも正確に一致している。強制ではなく業者の誘惑に負けたことを、そこでも明確に証言しているのだ。
「赤いワンピースと革靴が見えた。それをもらって、子供の気持ちがどれほど嬉しかったか分からない。それでつい他のことも考えず、すぐについて行くことになった」
では、どちらの証言が事実なのか。現在も進行中である、筆者の刑事裁判1審でも、この問題が議論になった。
常識に基づかない証言
2021年3月12日に行われた2回目の公判だった。検察側証人として出廷した韓敬姫・正義記憶連帯(旧・挺対協)事務総長の発言に対して、被告人である筆者が裁判長の許諾を得て、「公権力によって強制的に連行された事例を一人だけでも具体的に挙げてほしい」と言うと、韓敬姫は質問に対する返事を避けた。その代わり韓は、「強制連行された」という表現の意味は必ずしも「公権力が物理的に強制連行したことに限定して狭く解釈する必要はない」と述べた。さらに日本帝国主義の下で軍慰安所に行った場合は、すべて「広い意味の構造的強制」と見るべきだと法廷で語った。
韓の証言は、明らかに普遍的な常識に基づいた判断ではない。一般の人々が考える「公権力による強制連行」は、李容洙の「2007年米議会証言」のような状況でなければならない。韓の「広い意味の構造的強制」という抽象的概念は、今日の韓国、いや、全世界で売春に入る女性が皆同じように経験する「貧困」という構造的条件を指摘する言葉に過ぎない。
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