懐かしい「ブックマッチ」が生産終了へ ご存知ない方のために製造会社に聞いた

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天敵現る

「戦後、神戸は重工業が発展したため、生産は姫路に移りました。現在、マッチを製造しているのは国内に3社ありますが、日東社を含む2社が姫路にあります」

 戦後に広まったのが広告用マッチだった。

「旅館や企業、喫茶店も、宣伝のためにマッチ箱に社名などを印刷して配りました。アメリカ生まれのブックマッチの生産が国内で始まったのも1955(昭和30)年ですから、その流れでしょう」

 銀行などでも、企業名が大きくプリントされた三角箱のマッチが配布されていた。1973(昭和48)年には戦後のピークを迎え、78万1677マッチトンを生産した。

「当時は煙草はもちろん、ガスコンロやストーブの着火にもマッチが必需品でしたから、なくてはならないものでした」

 状況が一変したのは1975(昭和50)年だ。使い捨てライターの発売である。

「そればかりでなく、コンロやストーブに自動着火装置がつけられるようになり、マッチの需要は急激に落ちていきました」

 100円ライターの発売から50年近く経つ。考えてみれば、よくぞここまで耐えた。

「現在は仏壇などの神仏用やアロマなどに使用されることは多いです。線香やローソクに火をつける際には、使い捨てライターでは抵抗を覚える方もいらっしゃいます」

 2011(平成23)年の東日本大震災後、非常用としてマッチを見直す声もあった。

「一時的には上向きましたが、年々出荷量は減り続けています」

 現在の生産量は約8000マッチトン。マッチの火をいつまで灯すことができるだろうか。

デイリー新潮編集部

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