【Cakes終了】だから、浅野真澄は“初めての彼”の死を書いた―― 連載中止を乗り越え出版
許せなかったnoteの対応
浅野さんは2020年3月、ブログサービス「note」に『逝ってしまった君へ』との文章を公開した。「君」の死と、自身の思いについてつづった今回の本の原型となるものだ。彼の死から1年経っていたが、心が落ち着いているときもあれば、突発的に涙が出たり、悲しい気持ちに襲われるなど、常に彼のことが頭にあった。
「その頃は自分の頭の中に彼の死をめぐる出来事、彼にまつわる思考が止まらなかった。頭の中の大部分を占めていたので、文字にすることで整理をつけたかった。とにかく外に出さなかったら苦しかったんです」
この文章は2020年6月「cakesクリエイターコンテスト2020」で入賞し、noteが運営するメディア「cakes」での連載が決まる。浅野さんはここで、「君」の死について改めて書こうと考えていた。連載開始はその年の11月に決まり、1回書き上げるごとに編集者のチェックを受け、12回分の原稿を完成させた。だが10月に事態が一変する。「cakes」が連載していた写真家・幡野広志氏の人生相談記事で、DV被害者の相談に対し「大袈裟」などと言及し、炎上したのだ。
もちろん、浅野さんの連載とこの炎上とは何も関係がない。だが、炎上から数日後、担当編集者から自死を扱う部分はモラルを問われることがあるので、マイルドに書き直してほしいと連絡があった。
「cakesには、最後まで読めばセンセーションではなく、心が前を向くものにしたいと伝えたんですが、伝わらなかった。文章を全部読んでいるはずですし、それまで編集者とは何度もやり取りし『早く世に出したい』とまで言われていたのですが......」
リライトをすれば伝えたい部分が消えてしまう。再考を求める浅野さんに対し、cakes編集部からの返答は信じられないものだった。
「これ、フィクションってことにしませんか」
提案されたとき、目の前が真っ暗になった。フィクションと言われたとき、彼の死を軽んじられる気がし、ショックでその日は眠れなかった。以後、cake側との話は平行線のまま、時間だけが過ぎて行った。
11月、cakesはまたも炎上する。今度はホームレスを蔑視した記事が原因だった。やはり浅野さんの連載とは無関係にも関わらず、noteの執行役員から、連載をcakesでは掲載できないこと、原稿を一本7000円で買い取ると連絡があった。メールでは伝わらないと、直接話し合いをしたいと浅野さんが求めてもnote側は対面での説明を避け続けた。
「ただcakesの人たちは2度の炎上の理由がよくわかってなかったのだと思います。DVを取り上げた人生相談が炎上したのも、DVを取り上げたからではなく、DVに遭った方を軽んじた内容だったから。ホームレスの記事も同様です。でもDVを取り上げたから、ホームレスを取り上げたから炎上したと思考が止まってしまった。編集部としてのポリシーが確立されていなかったのかもしれません。自殺を取り上げた私の連載は取り消されてしまいましたが、正直、どうすれば回避できたのかいまだにわからないんです」
浅野さんは12月、「もう書く仕事ができないかもしれない」とリスクを覚悟しながら、それでも批判を覚悟で自身のnoteに一連のnoteの対応を書き、この問題は公に知られることとなった。
数日後、noteの加藤貞顕社長は一連の騒動に対する謝罪文を掲載したが、具体的に内容が伴わない感情論だとネット上で批判を浴びた。何より浅野さんには何も響かない言葉だった。そして問題本質が分かってなかったという浅野さんの指摘通り、cakesの幡野氏の連載は2021年4月に14歳少女の性暴力・児童虐待の相談に自己責任を説き再び炎上。翌月に連載は終了した。
一方、浅野さんが連載をcakesに掲載されないことを発表すると、十数社に及ぶ出版社から浅野さんの元に出版したいと声がかかった。中には憧れた出版社からのオファーもあった。cakesやnoteの人間以外にはその価値がわかっていた。
数あるオファーの中から浅野さんは最終的に小学館での出版を決める。著名作を出している名編集者からの連絡に心を動かされたが、小学館編集者の「有名な編集者の方に負けないぐらい頑張ります」との言葉で決めた。
「思いがある方とやるのが一番幸せだと思いました」
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