水産専門記者の証言「海鮮丼は日本全国、どこで食べてもほぼ同じ」なワケ

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 昨年までとは打って変わって各地で人ごみが増えた今、休日を利用して以前のように旅行を楽しむ人も多いのではないか。国内では、日帰りや宿泊するツアーまで目的はそれぞれだが、地域ならではの「食」を堪能したいというのは、旅行者共通の楽しみであろう。海辺に行けばもちろん、新鮮な魚介に舌鼓を打ちたいと思うのが人情というもの。だが、旅先での魚料理に関し、ちょっとした傾向に気付いた。それは「海鮮丼、どこで食べてもほぼ同じ」ということだ。【川本大吾/時事通信社水産部長】

地元では獲れない魚が「主役」を張る

 筆者は水産専門記者であるため、有名な漁港や各地の水産卸売市場などに足を運ぶことが少なくない。そこで食べる海鮮丼のネタは、概ねマグロ、ホタテ、イクラ、エビ、サーモンといったところだろうか。全国津々浦々とはいかないまでも、ここ数年食べた海鮮丼は、どれも同じようなネタが生き生きと丼の上に飾られている。

 筆者からすれば「海鮮丼、どこでも似たり寄ったり」というのは、珍しいことだとは思わなかった。なぜなら、地元で獲れた魚だけでは、客を喜ばせられるとは限らないからだ。それどころか、「この魚はこの辺りでは獲れないよな」と、地モノではないことを知りつつ、いただくことも少なくない。

 人気の海鮮丼が同じようなネタで埋め尽くされる理由――。そのヒントが東京・築地場外市場(中央区)にある。魚市場が江東区の豊洲へ移転した後も、築地には寿司店や料理店が軒を連ね、賑わいを見せている。

 豊洲にほど近いとあって、当然、国内外から届いた、新鮮で選りすぐりのありとあらゆる魚介があふれている。ここでお薦めの丼こそが、万人に好まれる「最大公約数」ともいうべき海鮮丼なのではないか。
 
 場外市場を見て回ると、寿司店以外に丼専門店も多く、マグロ丼やウニ・イクラ丼といったようにネタを特化し、差別化した丼もあるが、「特選」「極上」などと謳った海鮮丼は、やはり同じようなラインナップ。写真入りのメニューや看板の派手さを競っている感はあるものの、よく見ればネタの種類は大差ない。

地魚丼、玄人受けはするけれど…

 築地場外市場の案内所「ぷらっと築地」のスタッフに海鮮丼の話を振ると、興味深い経験談を語ってくれた。新型コロナが流行する以前の今から3、4年前、神奈川県三浦半島の金田湾に面した漁港近くで「地魚海鮮丼」を食べたという。アジやイワシ、カマス、サヨリといった、まさに地元で揚がった魚の丼をおいしくいただいたそうだ。

 値段も1000円ほどとリーズナブルで、満足感たっぷりだったらしい。が、ふと周りを見ると、「みんなイクラやサーモン、エビなどが入ったカラフルな海鮮丼(1500円ほど)を頼み、写メを撮りつつ食べていた。それを見て“地魚だけの丼は意外に受けないのだ”と感じた」と打ち明ける。ちなみに地魚丼の色合いは「全体に白っぽかった」という。
 
 築地案内所のスタッフは、ふだん「魚の街」で働いているため、カラフルな海鮮丼が別の場所で獲られた魚の集合体だということを知っているわけだが、一般客は詳しいことは知らない。メニューにも、特にそれぞれのネタが“どこ産”なのか表記されているわけではない。そのため、大半の客は豪華さ、綺麗さ、さらに「おいしいと知っているネタ」が盛られた人気の海鮮丼を頬張ることで、海辺の旅を楽しんでいるのだ。

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