世界最高の人馬によるレースを日本で行う――後藤正幸(日本中央競馬会理事長)【佐藤優の頂上対決】

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世界共通の資産

佐藤 後藤理事長はモスクワの競馬場に行かれたことはありますか。

後藤 残念ながら、ないです。

佐藤 私は1987年から1995年までモスクワの日本大使館にいましたが、着任した年に五木寛之さんの『さらばモスクワ愚連隊』に出てくる競馬場に行ってみたんです。

後藤 モスクワ郊外にあるのですか。

佐藤 いえ、モスクワの真ん中にあります。ロシア帝政時代そのままの造りで、ものすごく立派な競馬場です。当時、ソ連では反アルコールキャンペーンが行われていて、街中にビールがほとんどなかったのですが、競馬場の屋台にはビールがあり、焼き肉もあって、これがなかなかおいしいんです。

後藤 じゃあ、にぎわっていたわけですね。

佐藤 はい。ソ連の競馬も完全に農業省の管轄下にあり、競馬新聞のような冊子も出ていました。ただサラブレッドのレースは5レースに1回ほどでしたね。ソ連崩壊後は、その競馬場の半分くらいの敷地をフョードロフという有名な眼科医が買ってカジノを作るんです。そして近くのホテルも改装された。

後藤 IR(統合型リゾート)になったのですね。

佐藤 そうなんです。その後に誕生したプーチン政権はカジノを潰すのですが、競馬場は残します。だから競馬をやるのは、ソ連、ロシアを通じての国家方針なんですね。

後藤 私は昨年秋から、国際競馬統括機関連盟(IFHA)という国際団体の副会長を務めています。このご時世ですからズームで会議を行っていますが、やはりいまはロシアの話題が出てくる。例えば、イギリスの厩舎ではウクライナ人がかなり働いているんです。その彼らを支援しようと動き始めたのですが、一方、フランスにはロシアの馬主から預かった馬が何十頭もいるんですね。

佐藤 大富豪の馬ですね。

後藤 全世界で血統登録されているサラブレッドをたどれば、「ダーレーアラビアン」「ゴドルフィンアラビアン」「バイアリーターク」の3頭に遡ることができます。これは国際的に認められた血統登録機関が各国にあるからわかることで、当然、ロシアにもあります。

佐藤 サラブレッドは「世界共通の資産」とされるゆえんですね。

後藤 ロシアの海外資産の問題は別にして、その登録機関や国際的な生産者団体の代表者たちは、今回のウクライナ侵攻で、ロシアの血統登録を除外することは考えていないと言っています。仮に除外すれば、ロシアのサラブレッド、あるいはこれからロシアで生産されてくるサラブレッドがすべて消えてしまうことになる。それは世界の競馬にとって好ましいことではない、だから、自分たちは淡々と仕事を続けていくのだと。

佐藤 そうした姿勢も重要だと思います。いつまでも続く戦争はありません。戦争が終わった時のことも考えておかなければならない。第一、馬が戦争を始めたわけではないですからね。

後藤 競馬でつながっていることはたいへん重要だと思います。競馬を続けてきたロシアにも、私たちと同じような仕事をしている人がいるでしょうし。

佐藤 JRAの方々がロシアに行って、農業省で馬の育成に関わっている人たちに会ったら、ものの5分も経たないうちに、共通の言葉や関心事を見出すと思いますよ。

後藤 まったくその通りだと思います。

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