世界最高の人馬によるレースを日本で行う――後藤正幸(日本中央競馬会理事長)【佐藤優の頂上対決】
「競馬大国」日本
佐藤 2020年は、無観客開催があったにもかかわらず3兆円近い売り上げで、前年比3.5%増です。2021年は前年比3.6%増で3兆円を超えました。この巨額の売り上げは、世界的に見ると、どう位置付けられるのでしょうか。
後藤 売り上げということでしたら、ナンバーワンですね。日本、香港の順番だと思います。
佐藤 日本は競馬大国なのですね。何が日本の競馬をここまで大きくしたのですか。
後藤 それはやはり組織設計がしっかりしていて、うまく機能しているからでしょう。私どもJRAには、競馬に関する権限のほとんどが委ねられています。競走馬であるサラブレッドの血統登録と馬名登録は「ジャパン・スタッドブック・インターナショナル(JAIRS)」という機関が行いますが、中央競馬で走る馬の馬主さんの登録や騎手、調教師の免許の発行、また馬券の発売、払い戻しもすべて私どもが行っています。
佐藤 海外は違うのですね。
後藤 日本のように権限が集中しているのは、香港ジョッキークラブ、韓国馬事会など、アジアの国々が多いです。欧米はかなり違っていて、アメリカの場合、競馬の開催許可権を持っているのは、主に州政府です。そして免許を発行するのも州です。でも競馬の主催者は、州の関連団体もあれば株式会社もある。施設も主催者が所有しているところもあれば、借りている場合もあって、まちまちなんです。さらに馬券は州の公社が売っていたり、民間会社が売っていたりする。
佐藤 イギリスだとブックメーカーですよね。
後藤 ええ、公的な馬券の発売会社よりも、ブックメーカーの売り上げのほうが遥かに大きい。そうなると、競馬の売り上げが、競馬に還ってこないんです。競馬という商品が生み出す価値が、循環されずに外に流出してしまう。
佐藤 循環というのは、どういうことですか。
後藤 競馬の利益を競馬に再投資するサイクルですね。競走馬を生産して育成し、調教してレースを行う。そしてそこで勝った優れた馬の血が生産に回る。この循環にお金を入れていくことが重要なんです。
佐藤 日本はそれができる制度になっているのですね。
後藤 ええ、JRAは日本で少なくなった特殊法人の一つです。1954年に施行された「日本中央競馬会法」のもと、政府が全額出資して設置した農林水産省所管の団体です。戦前の競馬は、民間の競馬倶楽部が合併して誕生した日本競馬会が主催し、戦後も一時期までそこに引き継がれていたのですが、GHQから独占禁止法に抵触するとの指摘を受け、また国が直接賭け事を行うのを避けたために、半官半民の特殊法人になったという経緯があります。
佐藤 だから売り上げの一部は国庫に納めている。それはどのくらいの割合になるのですか。
後藤 売上金を売得(ばいとく)金と言いますが、まずその10%を第1国庫納付金として納めます。そして最終的に利益が生じたら、その半分を第2国庫納付金として納めます。
佐藤 馬券の払戻率は、どのくらいですか。
後藤 平均75%ですね。「JRAプレミアム」に指定したレースでは、その一部について売り上げの5%相当額を上乗せして80%になります。宝くじは50%ですから、高い割合ではありますが、国際的にも大体同じような割合です。
佐藤 残りの25%のうち、10%を国庫に納付し、その余りで施設を維持し、競馬を運営して、競走馬の循環を行うわけですね。見事な仕組みです。
後藤 最初に法律を作った人たちが細かいところまで考えて作った。それをつくづく感じます。
佐藤 要するに持続可能なシステムですね。株式会社にしなかったのがよかったと思います。
後藤 ええ、株式会社として売り上げを増やし合理化もして株主にどんどん還元するのでは、いい循環ができなかったでしょうね。またここには、自由に発想して新しいことにトライできる環境があります。
佐藤 後藤理事長はどうしてJRAに入られたのですか。
後藤 最初は新聞や放送局などメディアの仕事を目指していたのですが、ある放送局の3次試験が15時集合で、面接が終わったのが22時過ぎだったんですね。帰宅したのは零時近かった。この業界はとんでもない労働環境だと思っていたら、いまで言うJRAのエントリーシートが家に置いてあったんですよ。実は、父もJRAの職員で、獣医だったものですから。
佐藤 そうでしたか。ご尊父はここの高度専門職だったのですね。
後藤 その日にそれを書いて、父に渡し、人事部に届けてもらった。そして受験し、採用が決まってしまったんです。
佐藤 理事長になられたのですから、それは正しい選択でしたね。
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