人妻に手を出し、突然夫から呼び出された41歳男性 彼女の“信じがたい言い訳”と鼻を折られて残った感情

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「一度だけ殴らせて」

 店の外へ出たとき、上司が「どうしても気がおさまらない。一度だけ殴らせてくれ」と言い出した。いつも穏やかな上司の熱い一面を見た気がすると彼は言う。もちろん、殴ってくださいと彼は言った。

「すごかったです。必死に体に力を入れていたのに僕、吹っ飛んじゃいましたから。殴ってすぐ、上司と理栄子は走り去っていきました。周りの人がびっくりして救急車を呼んでくれて。あちこち打撲していて、鼻骨を骨折していました」

 それから1週間ほど入院している間に、上司の転勤が決まった。すでにコロナ禍だったため、歓送会もできないまま、上司一家は越していった。理栄子さんからは『ごめんなさい。ありがとう』とだけメッセージが来ていた。

 あれから1年半ほどが経ち、今年の春、本社に出張に来ていた上司にばったり社内で会った。

「上司は、おお、元気だったかと笑いかけてくれました。僕も普通に挨拶して。欺瞞ですよね、お互いに。本当は理栄子がどうしているか聞きたかった。理栄子の別の面を知っていますかと問うてみたかった」

 あんなに色っぽい女性はいないと一哉さんは言う。色気と狂気が入り交じった理栄子さんを怖いと思ったこともあるという。だがすべては過ぎ去ったこと。

「もし今でも理栄子が目の前に現れたら、ついていってしまいますね。理栄子といると現実から離れた世界にいると錯覚するんです。性欲とも愛情とも違う、理栄子の匂いのする世界というか。彼女とならどうなってもいいと思っていたのに、彼女はさらりと“現実”へと戻っていった。僕はひとり取り残された」

 忘れられないが、忘れなくてはならない。一哉さんは、上司が本社勤務となって戻ってくるのは1年後か2年後と予測している。

「本当はそれまでに再婚して、上司と理栄子を驚かせてやりたいと思っていました。でも無理して結婚しても幸せになれるとは限らない。それは自分が証明ずみですから。結局、僕は理栄子の喪失感に潰れそうになっている。でも彼女はそうじゃない。それがつらいのかもしれません」

 ずっと明るく話してきた彼が、最後は苦しそうな表情になった。彼女だって苦しんでいるかもしれない。

 40代に入っても、彼は初めて知った自分の激しい恋心と、結果となった現実との狭間で惑っている。もう理栄子さんと会うことはないかもしれない。だが、彼の惑いはまだまだ消えそうにない。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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