猪瀬直樹氏の参院選出馬で思い出す、副知事時代からの「地下鉄一元化」はどうなったのか

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地下鉄一元化はどこまで進んだのか

 副知事時代から猪瀬さんは東京の地下鉄に強い関心を抱いていたと述べたが、正確に記せば、猪瀬さんが地下鉄に強い関心を抱いていたのは作家時代からだ。それは、猪瀬さんの著作群からも窺える。

 猪瀬さんは1987年に『ミカドの肖像』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。同作は天皇や天皇制にまつわる話をときほぐした内容だが、同作につづいて刊行された『土地の神話』と『欲望のメディア』も続編とも言うべき内容となっている。3部作のうち、特に『土地の神話』では、東急総帥の五島慶太と地下鉄の父と呼ばれる早川徳次が火花を散らした地下鉄戦争の様子が詳述されている。

 五島と早川の地下鉄戦争は、鉄道ジャーナリストの枝久保達也さんの著作『戦時下の地下鉄』が明らかにしたように、近年になって部分的に否定されつつある。

 時代とともに真相究明が進み、それによって先行研究が否定されることは珍しくない。猪瀬さんが解明した地下鉄戦争の内実が否定されたからといって、それだけで『ミカドの肖像』『土地の神話』『欲望のメディア』の3部作の内容が色褪せるわけではない。現在も3部作は不朽の名著として読み継がれる。

 これらの著作群からも、猪瀬さんが作家としては優れていることは間違いない。しかし、政治家としての資質はまた別の話だ。都政を取材する記者として、副知事時代や都知事選、また都知事に就任してからの会見、そして辞任会見にも出た経験からもそれは明言できる。

 わずか一年の在任期間だったから、力を発揮できなかったという事情もあるだろう。それには理解を示すが、猪瀬さんが都知事に就任してから約10年で東京の地下鉄一元化はどこまで進んだのか? まず、猪瀬さんがトップを務めた東京都交通局に聞いてみた。

 東京都交通局は「都営地下鉄は東京都交通局が運行していますが、一元化に関する担当部署は都市整備局になります。そのため、こちらではお答えしようがありません」と回答。それでは、都市整備局の担当者はどう答えるのか?

「東京都が過去に地下鉄一元化に取り組んでいたことは事実ですが、現在は一元化を優先課題にはしていません。都営地下鉄と東京メトロが協力して利便性を高めるような、一体的なサービスの充実に努めています」とのこと。

 都市整備局が言う一体的なサービスとは、具体的に都営・東京メトロ間を乗り継ぎする際に料金の割引、乗り換え案内の表示デザインの統一、両地下鉄で共通して使用できる一日乗車券の発売などをさす。

 東京都と東京メトロがこれらを共同で取り組むことにより、2者が地下鉄を運行していても利用者が特に2者を意識することはなくなるという。

 もう一方の当事者である東京メトロの広報部にも話を聞いてみよう。

「協議会は2010年8月から2011年2月までに計4回開催されています。その話し合いでは、東京の地下鉄の一元化や東京メトロの早期完全民営化等の課題が関係者間において共有され、具体的な解決策やサービス向上策の実現に向けた実務的な検討がおこなわれました」と具体的な経過や検討内容を回答。

 一元化に関する姿勢は、東京メトロも東京都も同等に否定的だと感じる。東京メトロは「都営交通は公営企業のために、民間企業の東京メトロとは組織形態が異なる」ことや「累積欠損等の財務体質、会計の仕組みも違う」とさらに踏み込んだ回答をする。

 猪瀬さんがトップを務めた東京都でも、今ではすっかり地下鉄の一元化には消極的になっている。これを役人や東京メトロが改革の邪魔をしていると受け止めるか、それとも猪瀬さんの地下鉄一元化は一人相撲だったと捉えるのかは人によって違うだろう。いずれにしても、地下鉄の一元化が中途半端に投げ出されたという事実だけは残った。

会見の席上に「地下鉄一元化」本はナシ

 都知事を辞任してから、猪瀬さんが政治の表舞台に立つことはなかった。しかし、都知事辞任後に大阪府と市の特別顧問に就任。2016年の都知事選では、対立する候補を支援していた内田茂都議を追い落とすため、小池百合子候補を積極的に応援していた。

 小池都知事誕生後、猪瀬さんはいろいろなネットメディアに頻繁に出演。そこでは、キングメーカーのように振る舞う姿が目立った。公民権を停止させられているとはいえ、こうした言動からは政治への影響力を十分に有していることは明らかだった。

 今回の参院選出馬表明は公民権の停止期間が終わったから可能になったわけだが、東京都の副知事・知事を務めた経験を考慮すれば、東京選挙区から出馬するのが順当にも思える。しかし、猪瀬さんは全国比例からの出馬を選んだ。

 出馬会見の席上、猪瀬さんの前には多くの著書が並べられていた。それらは都知事辞任後に執筆されたとのことだったが、そこに地下鉄一元化に関する本は見当たらなかった。また、会見では地下鉄車内に電波が入らずメールができないことを改善したと胸を張ったが、一元化への言及はなかった。

 猪瀬さんは著書『地下鉄は誰のものか』で、こう書いている。「地下鉄の一元化ぐらいできないでいったいこの先、なにができるというのだろうか」と。

 そこまで豪語した地下鉄一元化への執念は、もう失せてしまったのだろうか? それとも、単なる権力の踏み台にしただけなのか?

小川裕夫/フリーランスライター

デイリー新潮編集部

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