叡王防衛の藤井聡太五冠、敗れて涙した出口六段をどんな思いで見ていたか

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人目憚らず泣いた出口六段

 この日、印象深かったのは、勝者より敗者の出口六段だった。午後6時18分頃、投了を告げると同時にがっくりとうなだれた。双方、事前の研究通りの「相掛かり」で、序盤は早い展開。出口はやや悪かったが中盤から盛り返し、評価値も大きな差がつかないまま進む。

 双方時間を使い果たしても、五分のまま「一手1分」に突入した。一時はAIの評価値も出口が7割の勝率を示した。しかし、藤井の竜の攻撃、秒読みで焦ったのか、102手目の4二銀が大きな敗着となり、逆転を許した。

「ペースが来始めたと思ったが、最後の着地が……。全体的に自分の実力不足だったと思います」(出口六段)

 初出場のタイトル戦について「徐々に慣れてきた面があるんですが、きょうも負けてしまって悔しい思いがある。もう1回、鍛え直して上にあがっていきたい」と対局室でのインタビューで出直しを誓った出口だが、答えを振り絞るや、床几に突っ伏してしまう。

 その後は大盤解説会場で藤井とともにファンの前に現れた。藤井の挨拶のあと、「最後、勝ちがあったような気がして、ここで終わってしまうのはとても悔しい。また頑張りたいと思います」と話した。司会役の石田九段が「出口さんも本当によく戦いました」と称賛。藤井への拍手を上回るほどのファンの長く暖かい拍手を受けた出口は、万感こみ上げたのか滂沱の涙が溢れてうつむいてしまい、何度も和服の袖で目をこすっていた。

「そう思うところはあるのかな」

 2人は感想戦では和やかに勝負を振り返り、その後、勝者だけの記者会見が行われた。筆者が藤井に「自分に敗れた相手が、あれだけ泣いている姿を見ると、どんな気持ちでしたか?」と尋ねると、藤井は「特に終盤、こちらがずっと苦しい展開が続いていたので、出口六段がそういうふうに思われるのも自然というか、自分であってもそう思うところはあるのかなとも思います」と答えてくれた。子供の頃は、負けると周囲も止められないほど号泣した藤井。プロ入り後は破竹の進撃を続け、泣く姿など見られないが、ライバルの涙にかつての自身を重ねたのかどうか……。

 記者室で筆者が名刺交換させてもらった立会人の石田九段に、翌25日朝、電話取材できた。

「出口さんは叡王が取れるとまでは思わなかったかもしれないが、藤井さんのタイトル連勝をストップさせるだけでも名が残る。それができず悔しかったのでしょう。4二銀ではなく4二角とすれば、おそらく勝てたはず。秒読みに追われる中で正確に指すのは、プロといえども難しいのです」と話した。出口六段が疑問手と思われた4二銀を指した時、手が滑ったのか盤上の駒が乱れた。何か慌てたような様子だった。

 流した涙について、石田九段は「ものすごく彼が泣くので驚きましたが、感動しました。人前ではなくとも、私も現役時代、大事な一局に敗れて泣くような思いもした。出口さんは、1、2戦は不出来だったようですが、3戦目は本人も勝てたと思っていたはず。勝利を捕まえきれず本当に悔しかったのでしょう。それでも最後に本当に素晴らしい将棋を見せてくれましたよ。今後に期待したいですね」と、兵庫県明石市出身で井上慶太九段(58)門下の関西棋士のホープの健闘をねぎらった。

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