叡王防衛の藤井聡太五冠、敗れて涙した出口六段をどんな思いで見ていたか
将棋の叡王戦5番勝負の第3局が5月24日、千葉県柏市の三井ガーデンホテル柏の葉で指され、藤井聡太五冠(19=棋聖・竜王・王位・王将・叡王)が挑戦者の出口若武六段(27)を激戦の末に109手で破り、開幕3連勝で初防衛を果たした。【粟野仁雄/ジャーナリスト】
【写真】叡王戦第3局に敗れ涙する出口若武六段に、藤井聡太五冠は「そう思うところはあるのかな」
歴代2位の記録
藤井はタイトル戦での連勝記録を13とし、羽生善治九段(51=永世七冠資格)と並ぶ歴代2位となった。1位は大山康晴十五世名人(1923~1992)の17という記録である。
藤井のタイトル獲得は通算8期となり、木村義雄十四世名人(1905~1986)、加藤一二三九段(82=引退)と並ぶ歴代9位となった。
藤井は「一つ結果を出せたことは嬉しく思う。タイトル戦では結果が出せているのは嬉しいですが、それ以外の対局も含めて内容を向上させなければ」などと、いつものように淡々と反省も口にした。通算8期についても「並んだという気持ちは全くない。大きな舞台で対局できるのをモチベーションの一つにして頑張っていければ」と話した。
羽生の13連勝は25歳で当時の全七冠を制覇してゆく1995年から1996年にかけての記録だが、藤井はこの記録に19歳で並んでしまった。17連勝は大山康晴十五世名人が1961年から1962年にかけて残した記録で、達成は39歳。仮に6月から始まる棋聖戦と王位戦で、合わせて4連勝すれば大名人に並ぶ。
記者室に現れた立会人
この日の夕方、立会人の石田和雄九段(75=引退)が、ふらりと記者控室に現れた。中原誠十六世名人(74=引退)や谷川浩司九段(60=十七世名人資格)らと死闘を演じた元A級棋士で、現在は柏市で将棋センターを運営する。モニター画面を見ながら「(出口六段の)9二角を絶対に働かさないようにしながら、2一の飛車打ちを狙うのが藤井さんの一貫した方針です」などと説明してくれた。その通りの展開になってゆく。
秒読みに追われていたのは出口だけではない。藤井が焦ったように、6五桂馬を指した瞬間には、AI評価値が出口に大きく傾いた。しかし、2一飛車からの藤井の攻めに出口が4二銀と指した途端、AI評価値は藤井の勝率を97%とし、土壇場で逆転。出口は藤井の王手を見て投了した。
第2局目が千日手となって「差し直し」にもなったシリーズは終わった。叡王戦はまだ7期目と歴史は新しいが、これまで挑戦者がタイトルを奪い続けてきた。防衛は藤井が初めてだ。
時間を気にしながら「あと一手見ていこう。あと一手だけ」と話していた石田氏は「もう一度来ますよ」と言い残して任務に戻ったが、再び記者室に戻ってくる余裕はなかった。
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