米国が主導するロシア産エネルギー禁輸政策の急所 絶対手を付けられないモノがある
米国政府は5月17日から開催された主要7カ国(G7)財務相会合で、ロシア産原油の全面的な輸入禁止措置に代わる措置として、欧州(EU)に対し関税を課すよう提案した。ロシア産原油禁輸に関する協議で難航しているEUに助け船を出した形だ。
米国政府は既にロシア産原油の禁輸に踏み切っており、ロシア産天然ガスも一切輸入していない。ロシア依存が低いことを奇貨として西側諸国のエネルギー禁輸政策を主導している形だが、その米国にもアキレス腱がある。
グランホルム米エネルギー省長官は5日「米国はウランの安定供給を確保するための戦略中を策定中であり、ロシアからの輸入を見直すべきだ」との見解を示した。
米国政府は3月、ロシア産の天然ガス・原油・石炭の輸入を禁止したが、ウランを制裁対象にすることはなかった。米国にとってロシアはウランの大供給国だからだ。
2020年時点で米国が輸入する天然ウランの17%がロシアからのものであり、原子力発電所で燃料として利用される濃縮ウランの23%がロシアから供給されていた。
原子力発電の燃料の大本の原料は天然ウランだが、天然ウランには核分裂して膨大な熱エネルギーを放出するウラン235はわずか0.7%しか含まれていないことから、そのままでは原子力発電に利用できない。核分裂しづらいウラン238を分離し、ウラン235の割合を3~5%に濃縮する必要がある。しかしそれは、ウラン採掘とは異なり、高度な技術が要求される作業で、一朝一夕でその能力を獲得するのは難しいとされている。
原子力発電の燃料供給のためには天然ウランの採掘とウラン濃縮が必要だが、天然ウランのロシア依存からの脱却は比較的容易だと考えられている。ロシアのウクライナ侵攻以後、世界の天然ウラン価格は約3割上昇しており、米国と同盟関係にある豪州(世界第2位)やカナダ(世界第4位)のウラン採掘企業は増産体制に入り、世界第7位のロシア産天然ウランを代替できる見通しとなっている。
かつて米国は天然ウランの大生産国だった。米国の1980年の天然ウラン採掘量は4370万ポンドを誇っていたが、2019年にはわずか17万ポンドにまで減少している(世界第15位)。
1979年のスリーマイル島事故のせいで、米国ではその後30年間原子力発電所が新設されることはなかったことが災いしている。加えてシェール革命で割安となったガス価格を武器に競争力を増したガス火力発電に競り負けているという事情もある。
米国の天然ウランの採掘コストは今や他の供給国に比べて割高になっているが、地政学リスクを考慮して国内生産の復活を目指す動きがワシントン界隈で生じている。
ロシア依存からの脱却が困難なのはウラン濃縮のほうだ。
露の国営原子力企業「ロスアトム」
米国のウラン濃縮能力も近年一貫して低下しており、ロシア、中国、フランス、ドイツなどの後塵を拝している。
冷戦終結以降、核兵器に充填されていた高濃縮ウラン(濃度は90%以上)から転換された安価なロシア産低濃縮ウラン(濃度は3~5%)が大量に輸入されたことで、米国のウラン濃縮企業が壊滅的な打撃を被ったことが関係している。
これとは対照的にロシアのウラン濃縮企業は「我が世の春」を謳歌している。
その中心的な役割を果たしているのは国営原子力企業ロスアトムだ。
ロスアトムはロシア原子力庁を母体として2007年に設立された。原子力発電所の運営、ウランの濃縮、原子力機器製造などを行う総合原子力企業に成長し、海外展開にも積極的だ。福島第一原子力発電所事故の廃炉事業(炉心溶融で発生したデブリの分析など)にも協力しており、日本支社が2018年に設立された。
ロスアトムグループの中でウラン濃縮を担っているのは2009年に設立されたトベルフュエルだ。世界の濃縮ウランの約50%を製造し、各国と燃料供給契約を結んでいる。
米国政府は一時、ロスアトムへの制裁を検討したが、国内の原子力事業者に深刻な影響を与えることを危惧して、その実施を見送った経緯がある。
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