視力0.6のイチローが球を打てる理由とは? 「ボールの右側を見る」発言の真意(小林信也)

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 鈴木誠也が期待以上のMLBデビューを飾った。大谷翔平も粘り強い打撃を見せている。彼らの好不調のたびに、なぜ打てるのか、なぜ打てないのかが今季も話題になるだろう。たいていはタイミングの取り方、グリップや足腰の使い方に注目が集まる。

 だが私はある時期から、外側から目に見える動きはあまり大きな要素ではない、と感じるようになった。投球を捉える核心はもっと別の、目に見えないどこかにある。そう思わせてくれた打者の一人がイチローだ。

 プロ入り3年目の1994年、彗星のように現れ1軍でヒットを量産し始めた当初、イチローを飾る形容詞は「振り子打法」だった。野球少年はもとより高校球児も草野球のおじさん選手も、プロ野球の打者さえも振り子打法をまねた。日本中に振り子打法があふれていた。それで一時的に打率の上がった選手はいないわけではないが、結局、誰一人イチローにはなれなかった。

 しかも、2001年にMLBシアトル・マリナーズに入団すると、当のイチローが振り子打法をやめた。それでもイチローはイチローであり続けた。MLB1年目から242安打で首位打者に輝き、新人王とMVPを獲得した。以後19年開幕直後に引退するまで、MLB通算2653試合に出場、3089安打を積み重ねた。それはほぼすべて、振り子なしで打ったもの。いまや「イチローといえば振り子打法」などと連想する人もほとんどいない。一体、あの振り子は何だったのだろう?

裸眼視力は0.6

 イチローのオリックス時代、球団の要請で選手たちの目の検査と物の見方を指導していたビジョン・トレーナーの田村知則が主宰する勉強会に私は通っていた。田村の話は多くの人の思い込みを覆す、刺激的なものだった。例えば誰もが「イチローは目がいい」と信じている。「動体視力が抜群だ」といった表現もしばしばされていた。ところが田村によればイチローの裸眼視力は0.6程度で、マリナーズ入団時のメディカル・チェックでも「コンタクトレンズで矯正するように」と指導を受けている。イチローはこれを受け容れず、裸眼のままでプレーしていた。だから決してイチローは、一般的な意味で目がいいわけではない。

 ならばイチローは、目でなく、どこでボールを見ていたのか? 田村は言った。

「イチローにはボールが遅く見えているんちゃうかな」

 その言葉にハッと胸を突かれた。田村は続けた。

「レフト線にテニスのバックハンドみたいな流し打ちをするやろ。スローモーションみたいにや。あれ、投手の球が速く見えていたら、できるやろか?」

 イチローの打撃を象徴する芸術的な流し打ちが頭に浮かんだ。ゆったりした動きで外角球をレフト線に運ぶ。確かに、もし投手の球が我々の目に見えるとおりのズバッとした速さなら、あのような優雅な動きができるだろうか?

 イチローには快速球がコマ送りのように見えているから、ゆったり対応できる。そう理解すると、イチローが打てる理由の手がかりがつかめる気がする。

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