英米で再評価の「江戸川乱歩」「横溝正史」 なぜ今「エログロ」が必要とされるのか
明智小五郎の誕生
蛇蝎のごとく嫌われ軽蔑されていた探偵が頭脳明晰なスーパーヒーローとして称賛されるようになったのは、日本では大正末期から昭和初期にかけてのことです。広義には1920年代から30年代、両大戦間の時期、文化的にはモダニズムの時代、俗にいう大正ロマン、昭和モダンの時期です。個人的には大正デカダンス、昭和エログロ・ナンセンスの時代でもあります。
今述べたさまざまな呼称の時期に江戸川乱歩が登場して名探偵明智小五郎を生み出し、我が国に探偵小説の第1期黄金時代を招来させました。
乱歩のデビュー作「二銭銅貨」は雑誌「新青年」(1923年4月号)に掲載されました。この〈暗号もの〉ミステリーの短編は、それまで欧米作品の翻案・翻訳ものが主流だった探偵小説の分野に日本人離れした発想とトリックの妙案を有する書き手が登場したことを世に告げ、だれもが驚嘆しました。当時の編集部は次のような熱い文章を添えて「二銭銅貨」の掲載を予告したほどです。
「『日本にも外国の作品に劣らぬ探偵小説が出なくてはならぬ』――私達は常にこう云っていたのである。が、果然、そうした立派な作品が現れた。真に外国の名作にも劣らない、いや或る意味に於いては外国の作家の作品よりも勝れた長所をもった純然たる創作が生まれたのである。(略)江戸川氏の作品がそれである」
乱歩は「二銭銅貨」に続いて同年、「新青年」を発表の舞台に「一枚の切符」(7月号)、「恐ろしき錯誤」(11月号)と優れた短編を順調に執筆していきました。ことに前者はあまりに西欧的な思考による論理的な作品だったために、一般には知られていない海外作品の翻案だろうと思われたほどです。
関東大震災の余波
ところで乱歩が文壇デビューした1923年は大正12年です。そう、関東大震災の発生した年です。
日本で欧米化された近代が始まったのは関東大震災以降だといわれます。それまでの明治維新から大正時代にかけての一般人の感性や文化・風俗は江戸時代とさほど変わらなかった。それが大震災によって木と紙で造られた建築物が崩壊して鉄筋コンクリートのビルディングになり、大衆文化の中心地が浅草から銀座に移行し、見世物がレビューに、茶屋がカフェに、芝居がシネマに、和服が洋服にといった具合に都会の風景が様変わりして、初めて西欧風モダニズムが我が国に浸透したといえます。
探偵小説の分野でも同じようなことがいえます。西欧の実証主義的なものの見方、科学的・合理的思考法に慣れていなかった日本人にとって、ミステリー小説といっても海外の本格的な謎解きパズラーものはなかなか受け入れられませんでした。それまで翻案されて探偵小説と銘打たれた作品の多くはフランス産の、犯罪メロドラマ調のものでした。因果律にもとづく推論の妙が巧みなものより、犯罪にまつわる愛憎渦巻くドロドロの人間ドラマがサスペンスフルに語られている作品です。
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