社会を支配するのは「徒党を組めた人々」 個人の能力より仲間作りの方が大切な理由(古市憲寿)

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 映画「千と千尋の神隠し」で湯婆婆を演じた夏木マリさんは、アフレコ時に宮崎駿監督からこんなことを言われたという。湯婆婆はスタジオジブリのプロデューサー鈴木敏夫さんに似ている。彼は「悪いやつ」ではない。ただ仕事を一生懸命やるから、時には「悪いやつ」に見える。だが本質はしっかりと仕事をする人なのだ、と(「熱風」2022年4月号)。

 張り切って悪役を演じようと思っていた夏木さんは肩の力が抜け、身近な生身の人間を演じようとスイッチを切り替えられたという。

 確かに湯婆婆は、巨大な湯屋の経営者だ。スーパー銭湯が併設された温泉旅館のようなもので、多数の従業員を抱えている。そんな湯屋のトップが、ただの悪者に務まるはずがない。

 どんな目的を掲げた組織であっても、規模が大きくなればマネジメントが必要となる。作家の猪瀬直樹さんと話した時も、社会運動と会社経営の類似性を指摘していた。

 猪瀬さん自身も信州大学で全共闘運動の議長まで務めた経験がある(『公』)。学生運動のリーダーに求められるのもマネジメント能力だ。東京のデモへの動員を求められた場合、デモのテーマや危険度に応じて送り出すメンバーを決める。

 東大の安田講堂事件では、「玉砕」を覚悟していたから、未成年の学生に参加してもらったという。仮に逮捕されても鑑別所に送られ、不起訴処分で終わるだろうという算段があったからだ。

 歴史を振り返っても、革命を実現し、社会を支配できたのは、うまく徒党を組めた人々である。ロシア革命を経て共産党がソ連を支配できたのは、その理念に人々が共感したからではない。緻密なネットワークを持っていたからだ。もちろん純粋に新しい正義に酔いしれた人もいただろうが、思想だけで社会は変わらない。

 現代日本で自民党や創価学会が影響力をもつのは、組織作りに成功してきたからだ。高齢化が進んでいるとはいえ、老若男女を巻き込んだネットワークは、今でも選挙の際に大きな力を発揮する。

 翻って、個人にできることには限界がある。歴史は英雄を中心に語られがちだが、本当に英雄は歴史を変えたのか。坂本龍馬がいなかった日本で近代は訪れなかったのか。エジソンやジョブズがいなかったら、電球も iPhone のようなスマートフォンもなかったのか。

 恐らく、そうではない。多少は歴史が変わっても、他の誰かが似たような役割を果たしたのではないか。似た発明は同時多発的に生まれる。実際、エジソンは、電球の唯一の発明者ではない。1870年代末までに白熱電球を「発明」した人は、少なくとも21人も存在するという(マット・リドレー『人類とイノベーション』)。

 もしも大きな夢があるのなら、まず隣の人を大事にして、仲間を作るところから始めるのがいい。言い方を変えれば、人望のない人は、大きなプロジェクトを成功させるのが極めて難しいということだ。「悪いやつ」に見えても「嫌なやつ」にはならないように。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2022年5月5・12日号掲載

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