女性のモヤモヤを吹き飛ばす「斎藤工」妊娠ドラマ 忖度で瀕死の民放地上波とは段違いの作品
「斎藤工が妊娠するってよ」「しそう」「違和感ない」「俳優の中で最も妊娠しそう」「なんなら出産スタイルにこだわりそう」「水中出産とかしそう」。「ヒヤマケンタロウの妊娠」の配信前に友人と交わした会話だ。
男が妊娠する。過去のドラマでは、「西遊記」で西田敏行演じる猪八戒が妖術のかかった水を飲んで妊娠した。映画「ジュニア」ではアーノルド・シュワルツェネッガーが自ら新薬の実験で妊娠した。なので、今回、斎藤工はどうやって妊娠するのか仕組みが気になった。腹膜内? まさか腸内で? 胎盤を形成して栄養を絶えず送る器官が男にある? と思ったが、そのへんは実に潔く無視。「男性の妊娠報告は年間40件」というニュースを流し、男も稀に妊娠する世界を描く。ま、細かいところはどうでもいい。内容が興味深かったので。
工が演じたのは、広告代理店勤務の桧山健太郎。仕事も女性関係もトラブルなく順風満帆のはずが、何の因果かうっかり妊娠。相手はフリーライターの瀬戸亜季(上野樹里)。体の相性がよく、束縛もしない。結婚願望もなく仕事優先、お互いに都合のいい関係だった。
妊娠がわかってからは絶不調。つわり、突然の乳汁分泌にも悩まされる。ミスが続き、手のひら返しが得意な上司(岩松了)からは体よくお払い箱、出世のラインからは外されてしまう。
男性の妊娠は差別され、いわれなき中傷を浴びる世界。迷わず中絶を選択しようとするが、同様に男性妊夫の宮地(宇野祥平)と出会い、迷いが生じる。男性妊夫であることを逆に利用して、瞬く間に有名人となる。
健太郎を女手一つで育ててくれた母(筒井真理子)は公表を快く思わないものの、さりげなく支えてくれる。
パートナーの亜季は当然困惑。「男の妊娠は所詮他人事」で仕事が最優先。世間も田舎の両親も、女らしさや母親らしさを求めてくるが全力で反発。とはいえ、当事者になったことで、次第に親になる覚悟を固めていく。亜季の自分らしさの追求をスタンスとする考え方や言葉には、胸がすいた。
健太郎は男性妊夫を募り、悩みやアイデアを共有するオンラインサロンを開設。妊娠を機に社内での評価も再び上昇、好機と仲間にも恵まれる。ところが死んだはずの父(リリー・フランキー)が突然現れ、雲行きが怪しくなっていく……。
男女の逆転現象には、女たちの恨み節がふんだんに、そして執拗に盛り込まれているので、溜飲が下がる。
ただ、男は何をやっても褒められるんだよなと舌打ちもする。家事も育児も介護も、そして妊娠ですら、男は褒められ、脚光を浴びる。女はやって当然、やるのが普通。このいら立ちを吹き飛ばしたのは健太郎の会社の女性(伊勢志摩・山本亜依)。彼女たちのセリフに、全国の女性が激しくうなずいたはず。
また、宮地の妻(山田真歩)の本音の吐露も重要な場面だ。偏見に抗う難しさを漏らす。反差別を声高に叫べない当事者もいる。奇抜なだけでない、細部にちゃんと魂が宿る作品だった。
忖度で瀕死の民放地上波ドラマとは段違いだったわ。