女性寿司職人のパイオニア、「なでしこ寿司」店長が語る「むしろ女性がいいんです!」
「寿司職人をなめてんのか!」
晴れて寿司職人となり、忙しい日々を送っていた開店当時、千津井さんは「カウンター内で寿司を握り、お客さんと談笑しながら接客をするサービスは、女性の方が向いているはず」と語っていた。世界的に人気上昇中の和食の中でも、寿司は代表格と言える。
「日本が誇る食文化なのに、回転寿司チェーンの台頭によってカウンターで寿司を楽しめる店が減っている。もっと敷居を低くして、若い人や外国人にも気軽に寿司を楽しんでもらいたい」
職人となったばかりの千津井さんは、そんな思いに駆られていた。
鳴り物入りでオープンしたなでしこ寿司。当初は珍しさからメディアへの登場も多かった。しかし、一見客は次第に減り、誹謗中傷に悩まされることが増えていった。「オタクの街」と化した秋葉原だけに、乱立するメイド喫茶などと混同した客が横行。女子職人がデートに誘われることも少なくなかったという。着物や浴衣姿で板場に立つことで、酔った客から「寿司職人をなめてんのか!」と罵倒されて「心が折れそうになることもとあった」(千津井さん)と打ち明ける。
ノーベル賞受賞者からのエール
とはいえ、千津井さんは決して中途半端な気持ちで寿司職人になったわけではなかった。築地市場時代から自らネタの仕入れを行い、魚をさばいたり下ごしらえしたりと、仕込みも全てこなしてきた。今でも定期的に豊洲市場へと足を運んでいる。女性には難しいと思われるマグロの解体も「“30キロ”モノなら、さばいたことがあります」と、胸を張る。
握りや巻物のほか、千津井さんは持ち前の繊細さや、美大仕込みの優れた色彩感覚を生かした創作寿司など、アート感覚たっぷりの魚料理を生み出してきた。
そんな寿司職人としての姿勢が次第に世の中にも浸透し、彼女のもとには様々なオファーが舞い込むようになる。国内だけでなく、海外でも子供たちに寿司作りを教え、各種イベントや寿司店とのコラボ企画で、出張寿司職人を務めるなど、いわば「寿司の伝道師」としての活動も増えている。
2018年に東京で行われた「国際女性デー」のイベントでは、〈労働の場における女性の権利拡大への実践〉をテーマにしたスピーチを行い、「性別に関係なく、日本の寿司文化を継承する存在になれるよう尽力したい」という意思を表明して称賛を集めた。以来、千津井さんは毎年このイベントに招待され、世界中の寿司職人から応援メッセージが届いているという。
さらに、19年には千津井さんにとって忘れられない出来事もあった。ノーベル平和賞受賞者で、女性人権活動家のマララ・ユスフザイさんが、この年の3月に初来日。マララさんは首相官邸で安倍晋三首相(当時)と会談した直後、千津井さんを訪ねてなでしこ寿司に足を運んだのだ。マララさんから「女性でもお寿司屋さんが務まるのですね。すばらしい。これからもぜひがんばって」とエールを送られ、千津井さんは感動したという。
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