数字はそんなにでもお勧めの春ドラマ3選 土屋太鳳「やんごとなき一族」で思い出すドラマは?
視聴率はテレビ局の生命線。動画配信が身近な時代になろうが、それは変わらない。民放の売上高は視聴率と正比例する。NHKも視聴率を大いに気にする。半面、面白いドラマでありながら、放送枠の弱さや宣伝不足などから視聴率が2ケタに届かない作品もある。その中でお薦めの3本をご紹介したい。
NHK「正直不動産」(火曜午後10時)
不動産業界の内幕をコミカルタッチで描いたお仕事ドラマだが、「人は何のために働くのか?」という骨太のテーマが底流にある。
まだ働いたことのない10代、既に仕事を離れた60代以上も含め、観る側を惹き付けること請け合い。4月期ドラマで屈指の出来映えだ。
主人公は山下智久(37)が演じる永瀬財地。登坂不動産に勤務する営業マンだ。売上高1位のスゴ腕だった。
だが、社内外での評判は最悪。「ライアー永瀬」と呼ばれていた。客を騙し、成績を上げていたからだ。永瀬が働く目的は歩合給や報奨金。カネだった。
第1話では和菓子店店主・石田努(山崎努)を騙す。ろくにリスクを説明せず、アパート経営をさせる契約を結んだ。石田の将来など知ったこっちゃなかった。
そんな永瀬に大異変が起こる。石田宅の敷地内にあった古いホコラを整地のためにブッ壊したところ、その祟りにより、バカが付くほど正直者になってしまう。
石田に2棟目のアパートを建てさせようと目論んでいたのに「リスクなんて当然あるに決まってる」と口走ってしまう。契約はパーになる。
賃貸ワンルームを契約しようとしていた父娘には「こんなクソみたいな大家の物件、俺だったらカネもらっても住まない」と言い放つ。大家の松崎誠也(宮川一朗太)がワルで、新規の敷金・礼金を得るために入居者を次々と追い出していたからだ。
ウソをつけないのは社内でも同じ。鬼上司・大河真澄(長谷川忍)から飲みに誘われると、「あんたのしょうもない自慢話を聞くのはもうウンザリなんだ」と断る。
胸がすく。現実には誰だってウソをつきながら暮らしているからである。無能な上司のトホホな指示にも神妙な顔をして従わなくてはならないし、苦手な同僚から飲みに誘われても「おまえとなんて行きたくない」とは言えない。嫌なことは嫌と言えたら、どんなに痛快だろう。それを永瀬が代わりにやってくれている。
もっとも、このドラマの一番の見どころはそこではない。カネのことしか頭になかった永瀬が、嫌々ながら正直に働き始めたところ、そこに喜びを見出していく。これが面白い。
最終的に永瀬はどんな営業マンになるのか。その答えは第1話の段階で示されていた。アパート経営の契約を結ばせた石田は和菓子店を50年以上やっていたが、ちっとも儲からなかった。
それでも石田が店を続けていたことが永瀬は不思議でならなかった。石田はその疑問にこう答えた。
「オレの菓子食うと、みんな幸せそうな顔するんだ。だから続けられた」
永瀬が「それは1円にもなりませんね」と率直な感想を漏らすと、石田は「でも仕事っていうのはそういうものだ」と笑う。永瀬も客の喜ぶ顔を生きがいとする営業マンになるのだろう。
山下の連ドラ主演は3年ぶり。37歳。相変わらず二枚目だが、生活感が漂う役柄も似合う存在になった。厚みが増した。
永瀬は正直者になった後、社内で爪弾きに遭うものの、唯一共鳴してくれるのが無垢な新入社員・月下咲良だ。福原遥(23)が扮している。
月下は「カスタマーファースト」を信条とし、客のために誠意を尽くす。だが、そのために成績はサッパリで、解雇されそうになっている。
永瀬と月下は不動産業界で通用しないのか。それとも2人が会社の体質を変えるのか。悪辣なライバル会社・ミネルヴァ不動産とのバトルも見ものの1つだ。
福原は次のNHK連続テレビ小説「舞いあがれ!」のヒロイン・岩倉舞役に決まっている。2545人が参加したオーディションで選ばれた。このドラマを観ていると、この朝ドラの人選が腑に落ちる。
月下は理想論ばかり説き、青臭いのだが、不思議と肩入れしたくなる。福原のキャラクターがそうさせる。ヒロインの成長記である朝ドラは応援したくなるキャラの女優が向く。福原は良いヒロインになるに違いない。
永瀬の同僚でクールな営業マン・桐山貴久には市原隼人(35)が扮している。似合っている。NHKのドラマはキャスティングがうまい。このドラマもほかに永瀬の会社の社長役で草刈正雄(69)、不動産オーナー役で大地真央(66)が出演。隙がない。
観る側を唸らせたのは第1話のゲストとして約4年ぶりにドラマ出演した山崎努。セリフも登場場面も少なかったが、演じた石田という男の過去まで観る側に想像させた。
石田は高齢となった今は枯れているものの、若き日にはうまい和菓子をつくるため、寝る間も惜しんで働いていたのだろう。そう思わせた。
目に見えないことまで伝えてしまうのだから、やはり山崎は並大抵の俳優ではない。
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