テクノロジーを使ってタクシーの未来を作る――川鍋一朗(日本交通会長)【佐藤優の頂上対決】
タクシーの可能性
佐藤 その一つがスマホでタクシーが呼べる配車アプリ「GO」ですね。私はよく使っています。
川鍋 それは嬉しいですね。
佐藤 「GO」は他社の車も呼べますし、かなりきめ細かく作り込まれている印象です。川鍋さんは、その開発会社であるMobility Technologiesの会長でもいらっしゃいますね。これはどういう経緯で誕生したのでしょうか。
川鍋 もともと日交データサービスという子会社があり、タクシーの給与計算業務を行うほか、運行管理・旅行代理店のシステムなどのソフトウエアを作って売っていたんですね。
佐藤 素地があったのですね。
川鍋 ただ赤字だったので自社のシステムだけを作ることにして、人も減らしました。残った精鋭たちでまずタクシー配車アプリの原型となる「日本交通タクシー配車」を作ります。これは、住所ではなく地図上でマークしたところへ商品を届けるピザ店のアプリを参考にしたものでした。
佐藤 それは何年ころですか。
川鍋 2011年です。アメリカではUberが話題になり始めた時期ですね。だからアプリができた記念に、そのメンバーでシリコンバレーに行ったんですよ。それで現地の空港でUberを使ったら、日本で言う白タクが本当にやってきた。話には聞いてましたが、その瞬間、ゾーッとしましたね。これでは、祖父から引き継いだタクシーというものがなくなってしまうんじゃないかと思った。
佐藤 画期的な仕組みですからね。
川鍋 そこで新しいテクノロジーに本腰を入れないといけないと痛感し、「IT企業の社長になる」と決めたんです。そして日本交通の社長を任せられる人を探して任せ、私がアプリの会社に専念できるようにした。それが2015年のことです。
佐藤 Uberによって、タクシーはなくなるのではないかと言われたこともありました。
川鍋 「タクシーなんてオワコン(終わったコンテンツ)だ」とか。でも2013年から毎年シリコンバレーに行ってライドシェアを利用していると、ドライバーの雰囲気が変わってくるんですよ。最初は、副業でやっているとか、土日だけとか、空いた時間で自由な働き方を実践している人たちだったのですが、2、3年目からはみんな専業になってしまい、4、5年目は生活が苦しそうなんですね。
佐藤 すべては自己責任ですよね。日本は白タクが禁じられていますからUber Eatsだけが事業展開していますが、いまの過酷な労働環境を見ていると、ドライバーがあの状況に置かれなくてよかったと思いますね。
川鍋 だから勝ち目があると思うようになったんです。こちらはしっかり労務管理ができて、質の高いドライバーを育てて、ニーズに合ったサービスをすればいい。ただアプリという点では、例えばUberは一流なんですよ。だから何とか技術力を強くしていかなければならない。
佐藤 そうした中で、競合する配車アプリを作っていたDeNA傘下のMOVと合併された。
川鍋 友人から「同じことやっているんだから合併したらいいのに」とか、「一つのアプリでやれた方が便利じゃん」と言われたんですね。私は本気でIT会社の社長をやっていましたが、相手はDeNAでアプリの専門家です。私どもはタクシーを熟知していますから、それなりにいいものを作れるのですが、使い勝手やマーケティング仕様などは、一枚も二枚も相手が上手なんですね。
佐藤 だとしても、車という実体部分がない会社と組むのは抵抗があったでしょう。
川鍋 そうですね。ただDeNAの南場智子会長は、かつて勤めていたマッキンゼーの上役で、面識もあったし携帯もLINEもつながっていたので、根底には信頼関係がありました。どちらも譲れないところがあり、折衝には半年以上かかりましたが、最終的に私は社長を譲り、折り合いました。そうしたら向こうから来た社長とは非常に相性がいい(笑)。
佐藤 そこではアプリ以外にもデジタル事業を進められているのですか。
川鍋 自動運転タクシーの研究も進めていますし、3万台のタクシーに搭載されているカメラの画像を分析して、地図情報の更新をしたり、データベースを作るなどの試みもしています。
佐藤 確かに車はデータの宝庫ですよね。保険会社なども車の運転データと保険を組み合わせて新商品を出していますが、車のデータがさまざまに応用される時代が来ますね。
川鍋 中国がそうですが、いまや顔認証の技術を使えば、誰がどこにいるかもわかってしまいます。車から撮った画像データはさまざまに応用できるので、日本の安全保障上からも大事なデータになってきます。だからそれを外国に取られなくてよかったですよ。
佐藤 「GO」は他社にも刺激を与える仕組みでしたが、さらに広い視点で見ておられるのですね。
川鍋 タクシー会社にはいわゆる「経営企画室」のような部署がないんです。要するに外部の人たちと同じ目線でやりとりしてビジネス化していく感覚が欠けている。だからこの会社を、業界全体の経営企画室にしていけたらいいと思っていますね。
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