テクノロジーを使ってタクシーの未来を作る――川鍋一朗(日本交通会長)【佐藤優の頂上対決】

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不動産会社と合併してくれ

佐藤 川鍋さんは創業家の3代目です。でも社長に就任された頃は会社が大変な状態だったと聞きました。

川鍋 私は2000年入社で、2005年に社長になりましたが、当時はバブル期の過剰投資や事業の多角化で多額の借金がありました。それにもかかわらず、社内に危機感がゼロだったんです。

佐藤 負債は1900億円に及び、子会社が40社くらいあったそうですね。不動産にゴルフ場、ピザ店などの事業も展開されていた。そうした会社を立て直すのは、起業して一つの会社を作るより大変なことではないですか。

川鍋 そうかもしれません。最初に父の社長室に入った時に驚いたのは、壁に不動産の写真ばかりが飾ってあったことです。営業所の写真もあるのですが、それも建物がメインで車じゃない。これは不動産会社の社長室じゃないかと思いましたね。

佐藤 そうした実態をご存じなかった。

川鍋 知らなかったですね。それで入社して1年後くらいに、父と番頭的な立場の重役から「次の会議には、銀行がどうしても跡取りに来てほしいと言っている」と、銀行との会合に呼ばれたんです。当時は運輸事業と不動産事業を別会社にしていましたが、銀行から「この(不良債権を抱えていた)不動産部門の会社と合併してくれ」と宣告されたんですよ。

佐藤 そんなことがあったのですか。

川鍋 会議前には「心配しなくていい」「何言われても大丈夫だから」と言っていたのですが、合併話に二人は固まってしまい、何も言い返せないんですね。いまから思えば、あの頃、父はもう下咽頭がんを患っていて、意欲というか、戦闘能力が低くなっていた。

佐藤 銀行の不良債権処理が叫ばれていた頃ですね。

川鍋 小泉政権時代で、「不良債権処理なくして経済再生なし」と金融機関に強いプレッシャーを掛けていました。当時、弊社は銀行と30年の返済計画を作っていたのですが、それも10年にしてくださいという話でした。

佐藤 メチャクチャな話ですね。

川鍋 私は小さな頃から会社を引き継ぐんだと言われて育てられてきましたから、当然、納得できるはずがない。だからここからは私にやらせてくれと、自ら先頭に立って再建することにしました。そして叔父から紹介してもらった再建専門の清水直弁護士に相談して、合併を拒否し、自力で会社を立て直していきました。

佐藤 この時、本業のタクシーの業績も傷んでいたんですか。

川鍋 ハイヤーは黒字で、タクシーは赤字でしたね。合わせてプラスマイナスゼロという感じでした。

佐藤 その後は本業に注力されていった。

川鍋 迷うことなく不動産は売却し子会社は整理して、本業に集中しました。5年くらいでほぼ再建することができたと思います。

佐藤 この本社ビルに正面玄関から入った時、建物の奥の方にタクシーが見えたんです。だから車寄せが二つあるのかと思ったら、そこが受付なんですね。黄色の車体に赤い帯の一番スタンダードな車が置かれている。それを見て、原点を常に意識されていると思いました。

川鍋 赤坂にあった自社ビルも売却し、ここには6年ほど前に移ってきたのですが、タクシーの本社にはタクシーの営業所があるべきだと強く思っていますし、これで飯を食っているんだ、という気持ちを忘れないようにしたかったんですね。

佐藤 ただ川鍋さんが陣頭指揮を執っている間に、タクシーを取り巻く環境は激変しましたね。規制緩和があり車の数が増え、新規参入も容易になった。利用する側から言えば、黒のワゴン型車両が導入されてゆったりできるようになり、東京の初乗り料金が下がりました。

川鍋 あれは2017年ですね。私は東京ハイヤー・タクシー協会や全国ハイヤー・タクシー連合会の会長も務めさせていただいているのですが、ずっと引っかかっていたのは、初乗り料金を見て、日本のタクシーは高いと言われることでした。確かに海外と比較すると初乗り料金は高いのですが、その後の料金の上がり方を含めれば高くないんですよ。海外のタクシーは、乗って動き始めてからどんどん上がっていきますから。

佐藤 確かにそうですね。

川鍋 幸い国土交通省の方が理解を示してくださり「運賃改定」ではなくて「運賃の組み替え」で進めることができました。公共交通ですから、運賃改定となると消費者庁のヒアリングや物価安定政策会議に諮るなど、1年くらい時間がかかります。でも、同じ仕事量では運賃は変わらないというシミュレーションを出して、迅速に導入することができました。

佐藤 これによってタクシーを使うハードルはとても低くなったと思います。またその前には、空港へのタクシーが定額になりましたね。これで非常に利用しやすくなりました。

川鍋 あれは2009年で、運賃改定をした時です。値上げになったので、何か利用者のためになるサービスを打ち出したかったんですよ。利用のしやすさという点では、この年内にも「相乗りタクシー」を始めることになると思います。これも主に空港に行かれる方を想定しています。普段より回り道をして、2人、3人と乗せて1.2~1.3倍の距離を走りますが、運賃は従来の半分ほどになります。いまはそうした按分がテクノロジーによって簡単にできるようになったんです。

佐藤 デジタルテクノロジーで最適化を図るわけですね。これについては、やはりテクノロジーでライドシェア(相乗り)を可能にした米ウーバー社(Uber)の登場が大きいでしょうね。

川鍋 はい。日本のタクシーの強みと弱みを考えると、強みは労働者の安定性です。逆に弱みはテクノロジーが生かされていないことなんです。今後は労働者の安定性を確保しながら、テクノロジーを使ってどう利用者側のニーズにマッチするサービスを作り出していくかが、日本のタクシーの大きな課題になります。

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