「仮面夫婦」にも色々… 52歳夫が“妻の方が上手だ”と思う理由

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セーヌ河でまさかの…

 明日は帰国という夜。パリの街を尚吾さんは里緒さんと一緒に手をつないで歩いた。セーヌ川を眺めながらキスを交わした。恋している気持ちと状況に酔っていたのだ。

「若い女性のふたり連れがふっと通り過ぎたかと思ったら、ひとりが大きな声で『パパ?』って。腰を抜かすほど驚くとはあのことですね。娘が住んでいるのはフランスではないし、そのときは長期の休みでもないから、会うなんて思ってもいなかった。娘は『こんばんは』と里緒に挨拶し、『私、この人の実の娘です』って。里緒も目を白黒させ、言葉も出ないようでした。『大丈夫、私、ママには言わないから』と娘は笑い、『でもさ、パパ、私、さっきママに会ったんだよ』と。そして僕にだけ聞こえるように『ママもアマンと一緒。気をつけて』とささやいてじゃあねと行ってしまった。アマンって愛人ってことだとすぐわかったけど、美紀ちゃんがパリにいることも、娘と偶然会ったこともまったく信じられないままでした」

 おかげで帰りの飛行機ではすっかり沈んだ気持ちになってしまった尚吾さん、里緒さんを気遣って必死に機嫌良くすごしたつもりだが、里緒さんにも彼の気持ちは伝わっていただろう。

「成田空港に着いて荷物を引き取ると、里緒は『ありがとう』と言ってさっさと帰ってしまいました。本当は帰国後、里緒の家で一泊する約束だったんですが……。追うこともできず、これで終わりかと思いながら僕も帰宅。美紀ちゃんは当然のようにいなくて、『私、ちょっとパリで娘とデートしてくるね。すぐ帰る』と置き手紙がありました。すぐ帰れる距離じゃないけど、彼女にとってはそれほど遠い場所でもないんでしょう。彼女が帰ってきたのは3日後。ごきげんでした」

 もしかしたら娘のことだから、あの調子で『パパにも会ったよ』と美紀子さんに言っているかもしれない。それでもきっと美紀子さんは動揺しないだろう。いや、さすがの娘も母親には言わないだろうか。

「娘と会ったことを楽しげに話す美紀ちゃんに僕もパリにいたとは言えなかった。でも美紀ちゃんは、『あなたの仕事はうまくいったの? 同じEU圏内でもパリとあなたが行ったところとは遠すぎるものね。でも日程延ばして合流すればよかったかもね』と言うんですよ。知っていて言えるセリフではない。おそらく知らなかったんだと思います」

 知らなかったと思いたいのかもしれないが、美紀子さんは知っていたのではないだろうか。知っていてもそれで嫉妬などする女性ではないのだ。ただ、尚吾さんが怯えるほど、美紀子さんは彼を軽く見ているわけでもないと、長時間、話を聞きながら感じていた。

「美紀ちゃんは、相当パリが楽しかったんでしょう。しばらく月日がたってから、『コロナが終息したら、今度は一緒に行かない? ふたりきりで。南仏もいいわね』と言ったんです。やっぱり知っていたのかとドキッとしました」

 その後も夫婦関係に大きな変化はない。コロナ禍において、尚吾さんは自宅での仕事が少し増えたが、美紀子さんはほとんど出社している。変わったことがあるとすれば、美紀子さんが家で仕事をする尚吾さんに、たまに『夕飯、何か買って帰ろうか』と連絡してくることだ。

「それと僕が以前より料理を作るようになったこと。美紀ちゃんは喜んでくれています」

 尚吾さんと里緒さんの関係は自然と切れてしまった。美紀子さんと「アマン」の関係がどうなったのかは知らない。それでもこのまま夫婦関係は続いていくと尚吾さんは信じている。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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