撤去問題の「ロシア語」看板、なぜJR恵比寿駅にあったのか 鉄道事業者の外国語事情

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一方、東京メトロの神谷町駅は

 今回の一件は、恵比寿駅の駅員たちが率先的かつ好意的に取り組んでいたロシア語の案内に、思わぬ形でミソがついてしまったことになる。この件に関しては、紙で覆ったJR東日本に非難が殺到した。とはいえ、これだけでJR東日本をなじるのは、いささか性急すぎる。なぜなら、数ある鉄道事業者のなかでも、JR東日本は多言語化に積極的な事業者なのだ。

 例えば、コロナ禍以前は訪日外国人観光客は年を追うごとに増えていた。そうした背景から、JR東日本は車掌や駅係員にも英語でアナウンスができるようにトレーニングを開始。

 停車駅や乗り換えを案内するなら録音した音声でも、十分だろう。わざわざ英会話を習得する必要はない。むしろ、ネイティブ英語で音声案内をした方が、外国人にとって親切に感じられるかもしれない。日本人のカタコト英語では、正確な意味を伝えられない可能性もあるからだ。

 それでもJR東日本は、乗務員や駅係員に英語を習得させることにこだわり、実際にアナウンスをさせていた。なぜか? それは、「事故などの緊急事態時に、より最善の避難指示を出せるようにする」という対応を見据えたものだった。

 JR東日本の乗務員や駅係員に英語を習得させるという取り組みは、訪日外国人観光客が多く利用する鉄道事業者にも波及していく。東海道新幹線を運行するJR東海は、2019年に日本でラグビーワールドカップが開催されることを見据え、東海道新幹線だけではなく在来線の東海道本線でも英語の車内アナウンスを始めた。こうした背景があり、段階的ではあるものの、JR東日本や東海は多言語化を積極的に進めている。

 恵比寿駅にロシア語の乗り換え案内が掲出されていたのは、前述したように東京メトロ日比谷線の神谷町駅にはロシア大使館があり、恵比寿駅が日比谷線との乗換駅であることが理由だ。では、肝心の東京メトロは神谷町駅にロシア語の案内表示をしていたのだろうか?

「東京メトロは外国人利用者の便を図るために多言語表記に取り組んでいますが、神谷町駅がある日比谷線を含め、東京メトロが運行する全線でロシア語による案内はしていません」(東京メトロ広報部)

 これだけを見ると、東京メトロが多言語化に取り組んでいないかのような印象を受けるかもしれない。しかし、東京メトロの券売機は日本語のほか、英語、中国語(繁体字・簡体字)、韓国語(ハングル)、フランス語、スペイン語、タイ語を表示できる。政府がガイドラインで望ましいとした言語よりも多く、フランス語、スペイン語、タイ語までカバーしているあたりを見れば、東京メトロは決して多言語化に消極的ではないことはわかるだろう。

 とばっちりを受けた恵比寿駅のロシア語による案内は、4月15日に元の状態に戻された。これで騒動は収束する。

ことでんの「ウクライナカラー」に賛否

 ロシア語での案内で注目を集めたJR東日本のような鉄道会社がある一方、香川県に3路線を有することでん(高松琴平電気鉄道)は4月19日からウクライナ国旗と同じ色にラッピングした列車の運行を開始したことで話題になっている。

「ウクライナ国旗と同じカラーのラッピングにしたのは、琴平線を走る一編成2両です。ウクライナ国旗と同じ色のラッピングにした理由は、社内から『ウクライナでは鉄道事業者・従事者が命懸けで頑張っている。同じ鉄道事業者として連帯していることを示したい。そのためにも、ウクライナ国旗と同じ色の車両を走らせたい』という提案があったからです」と話すのは、ことでん地域開発部の担当者だ。

 同社には、賛意を示す意見が寄せられている一方で、「公共交通機関が特定の政治色を前面に出すことには問題があるのではないか?」といった声も届いているという。また、ウクライナ国旗色にラッピングした費用は非公表だが、「ウクライナ国旗色にラッピングする費用があるなら、その分をウクライナに寄付するべきではないか?」といった意見も寄せられている。

 ことでんがウクライナ国旗色にラッピングした車両は、もともとの下半分の塗装が黄色で、そのカラーリングを活かした。そのため、厳密にはウクライナ国旗の配色ではない。それでも、ウクライナの鉄道従事者を勇気づけることは間違いない。

 また、ウクライナ国旗のラッピング車体は側面に、「We stand with you」という英文のメッセージが入っている。なぜ、ウクライナ語のキリル文字ではなく英文表記のメッセージになったのか?

「ウクライナに向けたメッセージを英語で記した理由は、いくつかあります。ひとつ目の理由は、ウクライナ人でも多くの人が英語を理解できること、もうひとつは弊社が車体のラッピング用のデザインに使っているパソコンではウクライナ語のキリル文字が出力できないことです。さらに、香川県内のみならず日本では多くの人がキリル文字を判読できません。ですから、連帯のメッセージが伝わらないのではないか? という思いもありました。それらの理由から英文でのメッセージになりました」(同)

 ロシアがウクライナに侵攻するまで、ウクライナと無縁な生活をしてきた日本国民は少なくない。ロシアがウクライナに侵攻してから約2か月間に、国内ではさまざまな動きが出ている。

 鉄道分野では原油高により鉄道運行や運賃などにも影響が出ることは予想されていた。しかし、そうした懸念を超えた範囲で事態が動く。

 いまだウクライナ情勢は予断を許さない。無辜のウクライナ国民の生命と財産を奪うロシアの武力攻撃は断じて許されるものではないが、今回の侵攻に救いがあるとすれば、日本と縁遠いと思われていたウクライナに多くの人たちが理解・関心を高めたことだろう。それは、いずれウクライナへの支援にもつながっていくのだから。

小川裕夫/フリーランスライター

デイリー新潮編集部

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