撤去問題の「ロシア語」看板、なぜJR恵比寿駅にあったのか 鉄道事業者の外国語事情

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 2月24日、ロシアがウクライナへと侵攻を開始。国際社会を震撼させる出来事となった。国連はロシア軍の即時撤退を求めたほか、アメリカ・ヨーロッパ諸国はロシアへの非難を鮮明にし、多くの企業も取引を停止。日本では岸田文雄首相が経済制裁に同調したほか、石油・ガスといったエネルギー関連の企業も脱ロシアの動きを強める。それでも、情勢は好転しているとは言い難く、ウクライナでは混乱が続いている。

 ロシアの侵攻が開始されるまで、多くの日本国民にとってウクライナは決して馴染みのある国とは言えなかった。それが、いまやゼレンスキー大統領の言動や首都・キーウ(キエフ)の様子が連日テレビ画面に映し出される。それだけではなく、街角でもウクライナの国旗を目にするようになった。

 日本にとって遠い国と思われていたウクライナは、決して日本と無縁の国ではなかった。それは、鉄道業界でも同じことが言える。

 ロシアのウクライナ侵攻が鉄道業界に及ぼした影響といえば、すぐに思い浮かぶのは原油高による燃料費の問題だろう。資源小国と言われる日本では、多くの原油・天然ガスを海外から輸入している。それらはロシアからの輸入も多い。

 だから日本がロシアに対して旗色を鮮明にすれば、当然ながら日本へと輸入されてきた原油・天然ガスなどはストップする。それが国内の燃料価格を高騰させることは、誰の目にも明らかだ。

 そうしたエネルギーをめぐる諸問題のほかにも、ロシア・ウクライナに関連した鉄道トピックスがいくつか上がった。もっとも話題になったのは、東京・恵比寿駅に掲出されていたロシア語による乗り換え案内が利用者のクレームにより一時的に紙で覆うという措置が取られたことだった。

恵比寿駅にロシア語看板がある理由

 まず、事の顛末を整理するとともに近年の日本が取り組む多言語化の流れをおさらいしておこう。

 JR東日本は、それまで山手線・埼京線などが乗り入れる恵比寿駅の西口にロシア語による乗り換え案内を掲出していた。恵比寿駅は東京メトロ日比谷線との乗換駅で、乗り換えには西口が使用される。西口にロシア語が掲出されていたのは、乗り換え客の利便性を高めるためだった。

 昨今、鉄道をはじめとする公共交通機関で、日本語・英語以外の表記を見かけることは珍しくない。コロナ禍で外国人観光客は姿を消したものの、東京圏では現在でも多くの外国人を見かけることがある。

 政府が多言語化の取り組みを始めたのは、小泉純一郎内閣が外客誘致法を成立させた2005年まで遡る。小泉内閣で成立させた外客誘致法では、公共性の強い施設等で多言語による表示に取り組むことが決められた。しかし、多言語化といってもどの言語を使うのかまでは決められなかった。

 漠然とした多言語表記の方針は、逆に混乱を生む原因になりかねない。そんな不安が漂っていた2006年、小泉内閣の後を受けた第一次安倍晋三内閣が発足。同内閣では多言語化のガイドラインを制定した。

 このときに制定されたガイドラインでは、同法が成立する以前から広く浸透していた日本語と英語の併記に加えて、中国語(繁体字・簡体字)や韓国語(ハングル)の4言語を表記することが望ましいとされた。

 観光パンフレットなら言語の数だけ制作することもできるが、駅名看板などはスペースの関係もあって多言語化が難しいこともある。ガイドラインは、そうした事情も配慮して「望ましい」との表現にとどめている。また、地域の実情に合わせて、ほかの言語を追加することが望ましいという内容も盛り込まれた。

 群馬県大泉町に所在する東武鉄道西泉駅の駅名看板は日本語・英語・中国語・韓国語のほか、ブラジルの公用語であるポルトガル語、中南米で多用されているスペイン語も併記している。大泉町は、企業工場が立地し、そこで働く外国人が多く居住している。特に南米出身の労働者が多いという事情から、ポルトガル語やスペイン語の併記がなされた。

 JR東日本が恵比寿駅にロシア語による案内を掲出していた理由は「ロシア大使館の最寄りが東京メトロ日比谷線の神谷町駅であるためで、恵比寿駅は日比谷線の乗換駅だったことから利用者の便を図るための措置」とJR東日本東京支社広報課の担当者は説明する。

 それらを踏まえると、同じく日比谷線との乗換駅になっている北千住駅・南千住駅・上野駅・秋葉原駅・有楽町駅(東京メトロは日比谷駅)にもロシア語による案内があってもよさそうだが…。

「これらの駅では、特にロシア語による案内はしていません。ロシア語による案内は全社的な取り組みではなく、恵比寿駅が独自に取り組んでいたものです」(JR東日本東京支社広報課担当者)

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