この局面で「ウクライナも悪い」と言い出す著名人の心理 識者が思い出した“東欧諸国の惨状”

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戦争の実体験

 佐瀬氏が東大に入学したのは、サンフランシスコ講和条約の締結から僅か3年後である。もちろんキャンパスには、左翼的な言論が中心を占めていた。そして佐瀬氏自身も、中学校や高校で「平和憲法を叩き込まれ」ていた。

 だが佐瀬氏は、「マルクス主義の問題点」を目の当たりにする機会に恵まれた。60年に東大大学院の社会科学研究科(現・総合文化研究科)を修了すると、西ドイツ(当時)の国立ベルリン自由大学に留学したのだ。

「外国のパスポートを持っていれば、当時は東ドイツに入国することもできました。そこから私は、チェコスロバキア、ポーランド、ルーマニアと、いわゆる“東側諸国”を旅行したのです。強く印象に残ったのは、4国の貧しさでした。日本や西ドイツと比べると、洋服も食事も全く酷い有り様でした」

 この体験は佐瀬氏に強い影響を与えた。今、「ロシアを擁護し、ウクライナを批判する人々」を見て、氏は「どれだけ実体験に根ざした発言なのか、という視点が重要ではないでしょうか」と言う。

「転向」の可能性

「私は『大東亜戦争』という用語をこだわって使っていますが、終戦時は小学校5年生でした。戦争の記憶は鮮明です。当時の日本軍が何をしてきたのか実際に体験しており、今のロシアで起きていることと重なり合います。ウクライナを批判している人は、戦争体験も共産主義の問題点を間近に見た体験も、全くないはずです」(同・佐瀬氏)

 しかも、知識人=インテリに憧れる層ほど、世論とは逆の発言をしがちだ。ネット上では“逆張り”と表現されることが多い。

「知識人たるもの俗論に阿(おもね)ってはいけない。独自の観点に立脚して発言しなければならない、と思っている人は意外に少なくないでしょう。そうした姿勢を全面的に批判するつもりはありません。ただ、実体験に根ざした言説でもなければ、専門的に研究したわけでもない。頭でっかちの空理空論となると、やはり問題だと思います。極めて底の浅いロシア擁護論では、ネット上などで批判が集中するのはやむを得ないのではないでしょうか」(同・佐瀬氏)

 佐瀬氏は、社会学者の清水幾太郎(1907~1988)を思い出すという。

「清水さんは60年安保闘争など、戦後日本における平和運動の理論的指導者の一人でした。ところが清水さんは1980年、『日本よ国家たれ――核の選択』(文藝春秋)を上梓。平和運動を批判した上で、日本の核武装にも踏み込みました。本当に清水さんが“転向”したのかは未だに議論があるようです。しかしながら、今、ウクライナを批判している“著名人”の方々も、いつか間違いに気づく日が来るかもしれません」

デイリー新潮編集部

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