ミス学習院からセクシー女優、覚せい剤で逮捕… 「結城るみな」の“転落と懺悔”告白
なぜセクシー女優に、なぜ薬物を
なぜ、結城が薬物に手を染めたのか。そもそも、なぜセクシー女優の道を選んだのか。まずは生い立ちからひもとこう。
学習院大学法学部卒の結城は、学習院の初等科、そして学習院女子中・高等学校からエスカレーターで進学している。実家はかなり裕福のようだ。父は経営者で、母は専業主婦だといい、東京都内の高級住宅街で育った。幼少期からピアノからクラッシックバレエ、日本舞踊、茶道などの習い事に通っていたそうだ。
「3歳の頃から映画女優に憧れていて、仲間由紀恵さんや吉永小百合さんを観て『私も将来こうなるんだ』と思っていました。ただ、中学と高校は芸能活動が禁止だったんです。だから高校生時代はジャズダンスに打ち込んでいましたね。一方で、“バーキン(※バーガーキング)横”って呼んでいた、若い子たちが集まる場所が渋谷のセンター街にあって、そこにたむろする男の子たちと遊んだりはしていました。今でいう“トー横キッズ”じゃないですけれど」
晴れて高校を卒業すると、念願だった芸能の道へ。2016年から一年ほどは、杉本彩が所属する「オフィス彩」に籍を置いていたこともあった。そして大学3年生のときに「ミスキャンパス」に選ばれたわけだが、その肩書が芸能活動の足を引っ張っていた、とも振り返る。
「なんだか真面目で清楚なイメージがついちゃったんですよね。一応、ドラマ『日本統一』に端役で出たり、エキストラなどのお仕事はあったのですが、オーディションなどに行くたび『ミスコンなんだ』と言われ、ハードルが上がり過ぎてしまっていたというか……」
大学卒業後も活動は続けたが、大きなチャンスはやってこない。このままでは芽が出ないと焦っていた、と結城はいう。そして24歳のとき、スカウトマンからセクシー女優にならないか、ともちかけられた。
「ただ、その時は家族のことを考えて止めたんです。でも、当時は事務所にも所属しておらず、 フリーでイベントコンパニオンやウェブ広告のモデルなどをしているだけでした。一度は断りましたが『来年には25歳か…』という思いもあって、ここで何か結果を出さなければならない。やっぱりオファーを受けようと。デビュー直前に、母には『私、“全裸監督”になるから』と告げました」
当時、結城はデビューの理由を“元カレへの復讐”とSNSで明かし、話題を呼んだ。だが、それはどうやら違うらしい。「デビュー直前に付き合っていた相手と別れたので、完全に嘘ではないのですが……話題作りをしたくて」。かねてより強かった性への興味、そして何より「目立ちたい」という欲求が、彼女の背中を押した。
「デビューの1本目を撮ったときは、『私の作品だ』と感動したのを覚えています」
芸能経験のある女性が転身した際に、よく抱く感想である。だが、デビューと前後して、結城は薬物中毒者への一歩も踏み出していた。
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