侵略される側にも絶対に現れる「裏切り者」 ヨーロッパが世界各地を制圧できた理由(古市憲寿)

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 共通の敵を前にすると人は団結できる、といわれる。本当だろうか。

 たとえば宇宙人が地球に襲来してきた場合、世界中の国々は直ちに戦争を止めて、共に戦うことができるだろうか。恐らく難しいと思う。なぜなら決まって「裏切り者」が現れるからだ。少なくとも歴史を振り返る限り、「征服された側」は一枚岩ではなかった。

 15世紀末からヨーロッパ諸国は世界へ進出、各地の文明を制圧していった。なぜヨーロッパの海外進出は成功したのか。一見すると、強大な軍事力の賜物に思える。だがヨーロッパは世界中へ大船団で戦争を仕掛けに行ったのではない。ほとんどの場合は、小規模な遠征軍だった。

 実は現地人の支援が果たした役割が大きいという。スペイン人の新世界(アメリカ大陸)征服でも、同盟を組んだ部族や原住民が協力、兵たんを提供した(ジェイソン・C・シャーマン『〈弱者〉の帝国』)。ウクライナを見ていてもわかるが、戦争は最先端の兵器を持っていれば勝てる、というものではない。軍の戦闘力を維持するための後方支援は非常に重要である。

 ヨーロッパからの征服者に協力する。現地からすれば「裏切り者」に見えなくもない。だが、当然ながら新世界側にもさまざまな派閥が存在した。時のパワーバランスを支持している者ばかりではない。

 現代の企業合併や、ナチスドイツに侵略された国のかいらい政権など、似たことは古今東西で起こってきた。誰もが組織や国家の大義のために行動できるわけではない。たとえ集団にとって不利益でも、個人や下位集団の利益を優先するのは、合理的な行動である。

 だから宇宙人相手でも、積極的に寝返り、地球征服の手助けをする人々は多く現れるだろう。しかもその行動が「悪」だとは、必ずしも言い切れない。

 たとえば裏切り者の暗躍によって、地球は征服されるものの、宇宙人の支配下で、より繁栄した文明を築く可能性もある。それは、地球側が一丸となり徹底抗戦して、徹底的に大地が荒廃し、多くの人命が失われるよりも、マシなシナリオといえるだろう。

 もちろん、それは宇宙人の気質による。旧日本軍兵士が体験したシベリア抑留のように、人権を無視した重労働を課されたり、一生奴隷のように扱われるなら、あっさり支配に服するのは得策とはいえない。

 どちらにせよ、人というのは、極限状態にあっても、簡単に団結できるものではない。むしろ誰が裏切り者かを探して、互いに疑心暗鬼に陥ることもありそうだ。敵からすれば、その分断をうまく利用したくなる。堂々とした裏切りなら仕方ないが、猜疑心による仲間割れはあまりにも悲しい。

 現代人の多くは、戦争を憎み、平和を求めているだろうが、戦争で得をする人もいる。軍需企業はもちろん、スキャンダルを抱えた有名人にも恩恵がある。戦争という大事件で自身への注目が減るからだ。世界中が平和になるのは難しい。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2022年4月21日号掲載

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