「クラシックを聴いて号泣」 作家・諸隈元が旅先で味わった不思議な体験

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なぜこのときだけ泣けたのか

 2度目と3度目は2017年3月28日と9月9日、オーストリアのウィーン「楽友協会」で、曲はグスターボ・ドゥダメル指揮のベートーヴェン「田園」と、クリスティアン・ティーレマン指揮のブラームス「交響曲第2番」だった。どちらも隣に妻k子がいた。しかし彼女とは何度もコンサートに行ってるし、ドゥダメルのベートーヴェンは前日も同じ会場で聴いたし、ティーレマンは6年前に一人で聴いた。だから何故この時だけ泣けたのかは、やはり分からない。最前列だからか。でもライスハレでは平土間の後方で、やはり一人だった。

 僕が大好きな哲学者のヴィトゲンシュタインは学生時代、師匠のバートランド・ラッセルとベートーヴェンの第九を聴いたとき、ドイツ語なまりの英語で「one of the great moments of my life」と言っている。いま思えば僕もまさにそう言いたい瞬間を、あの3度ともに体験していた。四十余年の人生、もっと感動した体験は他にも沢山あるが、そう言いたくなるのは音楽を聴いたときだけだ。

諸隈元(もろくま・げん)
1978年静岡県生まれ。2014年文學界新人賞受賞。近著に『人生ミスっても自殺しないで、旅』がある。

デイリー新潮編集部

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