「クラシックを聴いて号泣」 作家・諸隈元が旅先で味わった不思議な体験

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鼻水が止まらないほどの涙

 2014年に文學界新人賞を受賞しデビューした作家の諸隈元さん。著書『人生ミスっても自殺しないで、旅』では、人生の道に迷い出かけた欧州独り旅での体験談を哲学的につづり、話題に、そんな彼が旅先のヨーロッパで3度、音楽を聴いて涙したという。いったいどんな音楽?

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 音楽を聴いて泣いたことが3度ある。

 1度目は2013年6月15日、ドイツのハンブルクで、ソプラノ歌手のディアナ・ダムラウに泣かされた。歴史ある「ライスハレ」という会場と、シモーネ・ヤングという女性指揮者を目当てに、いや耳当てに聴きに行ったら、身内の不幸を理由に彼女が欠場し、代わりに副指揮者の若い男性が振るという状況で、しかも「サマータイム」と称した特別演奏会だったため、プログラムにはグノーとかガーシュインとかバーンスタインとか、ドイツ音楽を好む自分には興味のない名前が並んでおり、憧れのホールを訪れた感動は5分で萎み、その後は眠気との戦いを強いられた。が、休憩を挟んだ後半にダムラウさんが現れ、その歌声に目を見開かされたのだ。いや耳開かされたというべきか。

 エンニオ・モリコーネの曲だった。聴いたときは曲名どころか誰の曲かも知らなかった。後で調べたら「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト」という映画の劇中歌であり、その映画のことも知らなかった。でもダムラウさんがそれを歌い、アンコールで再び歌ったとき、何故か涙が止まらなかった。唯一思い当たる理由といえば、父から「モリコーネ」という名前を聞いた記憶くらいだが、NHKの大河ドラマの主題歌を作曲したのが「モリコーネ」「へえ」「知らんのか」という他愛ない会話をしただけだ。10年も前に。

 鼻水まで滂沱(ぼうだ)として止まらなかったから、周りがざわつき始め、隣の席の老紳士がハンカチを貸してくれた。とっさに「My father liked this one」と言ったら、ドイツ語じゃなくて下手くそな英語だったのに皆さん納得されたようで、きっと亡父の思い出の曲なんだ、そっとしといてやれ的な空気になり、潮が引くように好奇の目は和らいだものの、当の僕自身には納得できる理由が今も見つかっていない。いい曲だとは思うが、もっと名曲は沢山あろうし、父は71歳の今も元気だ。

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