日本のホスピタリティーをチャットボットに埋め込んで――綱川明美(ビースポーク社長)【佐藤優の頂上対決】
ビースポークの強み
佐藤 事業資金はどうされたのですか。
綱川 私は当時、アメリカ系の投資信託会社で機関投資家向け金融商品の開発チームにいました。ソフトウェアの開発経験がなかったので、代わりに何ができるか考えると、資金調達しか思い浮かびませんでした。そこで何人か投資家に声をかけてみたら、思いのほか反応がよかった。結局、ある投資家から2千万円をお預かりすることができました。
佐藤 すごいですね。そもそも綱川さんはパソコンに強かったのですか。
綱川 パソコンどころか、エアコンのリモコンを使いこなすのも怪しい(笑)。
佐藤 では人を集めたわけですね。
綱川 その2千万円で人を採用して会社にしていくのですが、まずはサイトを作ってくれる人を探さなくてはなりませんでした。そこで700人ほどいたフェイスブックの友達全員に、「こんな会社をやろうと思うけど、エンジニアとかデザイナー、マーケッターの知り合いがいたら紹介して」とメッセージを送ったんです。それで60人近くを紹介してもらい、全員と会いました。この人はいいな、と思った人には、投資家の方に面接を手伝ってもらった。
佐藤 最初は何人で始めたのですか。
綱川 私と業務委託の方3人ですね。
佐藤 当時、何歳ですか。
綱川 28歳です。
佐藤 会社は順調に伸びていったのですか。
綱川 いえ、チャットボットができても問題は解決されていなくて、集客の手段がないんですね。集客に使っていたサービスはアカウントが停止されたままですし、明治神宮や六本木駅など外国人の集まる場所ではカードを配りすぎて出入り禁止状態になっている。そこでBtoC(Business to Consumer=一般消費者向け)ではなくて、BtoBtoCと、Bの事業者を間に挟む形にすればいけるかもしれないと考えた。訪日客の旅程を把握しているのはホテルと旅行代理店とエアラインだと思い、メジャーなところは全部回りました。ヒアリングの結果わかったのは、急なインバウンドブームでホテルが接客に困っていたことでした。
佐藤 ここでホテルに行き当たったわけですね。
綱川 ただ、ホテルは多言語対応には困っているけど、穴場情報はいらない。フロントデスクで荷物の預かりが可能か、レイトチェックアウトが可能かなどの普段の業務の多言語対応であれば、お金を払うと言われました。でもそれに穴場情報を追加すればいいわけです。こうしてホテル向け多言語チャットボットによるコンシェルジュ・サービスが生まれました。
佐藤 ホテルのフロントでも、誰もが英語に堪能なわけじゃないですし、ましてや他の言語を話せる人はほとんどいませんからね。
綱川 ホテルはホリデイ・インやソフィテルなど、グローバルブランドにも導入が進みました。そのうち突然、成田空港から「空港でできませんか」と依頼がきたんです。まだ1、2年目のインターネット屋さんで、自分たちに何ができるかもわかっていない時です。だから「開発できるかもしれないが、空港では実績がない」と言ったら、「ホテルで失敗していないならできるでしょう」と背中を押された。
佐藤 17年前後ですよね。空港もインバウンドで急激に来日客が増えた。
綱川 成田空港への導入は、世界中でも注目すべき先行事例としてニュースで取り上げられ、利用者数が急増しました。しかも私たちの想定していなかった使い方も生まれて、アンケートに活用したり、普段は拾えないクレームを収集したり。すると、またある日突然、JR東日本の幹部の方からランチにお誘いいただいたんです。
佐藤 ビースポークのサービスはどこが評価されたのでしょう。
綱川 チャットボットサービスはいくらでもあるのですが、日本のサービスらしく、丁寧に作り込まれたものはあまりないんですよ。ビースポークのように、チャットのコピーライティングに力を入れている会社は一社もないはずです。
佐藤 そうなのですか。
綱川 例えば、成田空港で東京駅への行き方を知りたい人がいるとしますね。カウンターで聞けば、電車とバスとタクシーがあると言われ、それに続く会話として、どれが一番早いか、安いか、すぐ来るのは何か、どこから乗れるか、とさまざまなものが出てきます。チャットボットはそれを反映させないといけない。でも前後に出そうな質問を想定せずに回答を作成すると、「電車がおすすめです」で終わってしまう。あるいは、長い文書をどこかからコピペしてきたり、電話番号があっても中にハイフンが入っていて、そのままタップしても通話ができなかったりする。私たちは、基本的に一つの画面の中で求める情報が手に入るよう、時刻表や乗り場など、質問の頻度が高そうな情報には、横や縦にリンクのボタンをつけるなど、会話のフロー全体をデザインして開発しています。お節介おばさんのような親切心をプロダクトに詰め込んでいるんです。
佐藤 日本のホスピタリティーが生かされている感じですね。
綱川 はい、その日本のホスピタリティーをチャットボットに詰め込んで世界征服したいですね。
佐藤 だから引き合いがある。
綱川 JR東日本はその後、東京駅から発注がきて、その次は京都市から連絡がきました。世界的な観光地でのチャットボットは、京都が世界初です。
佐藤 ホテル、空港、駅、自治体と、順を追って公共的な性格が強くなっていくのが面白いですね。
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