42歳男性は夜の生活を拒まれ、妻からの“一言”で狂った… 彼女の言葉に悪意はあったのか
同棲3年で知った「お互いのこと」
一緒に暮らすようになってから、梨枝さんは彼に毎月5万円を寄越した。「足りないと思うけどごめんね」と言いながら。ただ、同棲と言っても彼女はめったに家で食事もしなかったし、通常の恋愛関係とはかなり異なっていたという。
「僕も彼女に家事を望んでいたわけでもないし、好きなことをしている彼女がいいなと思っていたから、お互いに自由にするのがいちばんだと感じていました。ただ、3年ほどたったころ、彼女が妊娠したんです。避妊していたんですが……。そのとき初めて、お互いの過去を話しました。彼女の実家が美容院で母親が美容師というのは本当だった。彼女が美容師の資格をもっているのも本当、だけど手伝っているのは実家ではなく、知人の美容院だそう。実母との関係がよくない、毒親だからと彼女は笑っていました。そのとき、僕が彼女に惹かれている理由がわかったんです。彼女、いつもどこか寂しそうだった。放っておけなかったんですね」
滋明さんは、どちらかといえば「ごく普通の家」で育ったという。どちらかといえば、というのは両親の仲が悪かったからなのだが、世間的にはよくあることだとも思っていた。ただ、大人になってからわかったのは、夫婦仲の悪さは母親の男関係だったということだ。
「僕がそれを知ったのは大学入学のために実家を離れて上京してから。たまたま出張で東京に来た父親と食事をする機会があったんですが、父は酔っ払って『かあさんが浮気ばかりするから』とぽろっと言った。薄々僕もわかっていたので同情しつつも、『オヤジがないがしろにしたからじゃないの?』とツッコんでみたんです。そうしたらオヤジは涙目になって……。あれ、オヤジはおふくろのことが好きなんだと思ったんですよね。僕自身はまだ恋愛なんてわかってなかったから、仲の悪い夫婦だと思っていたけど、実は違うのかもしれない、親子であっても見える風景は違うんだろうと漠然と想像しました。まあ、そんな細かいことは梨枝にはいいませんでしたが」
同棲して3年たって初めて、滋明さんと梨枝さんは「互いの基本的なこと」を知り得たというのだから、変わった関係ではあったのだ。そして子どもはまだいいと言っていた梨枝さんだが、「こうなったら責任上、産まないわけにはいかないわよね」と言い出した。それなら婚姻届も出したほうがいいだろうとふたりは話し合った。
「初めて梨枝という人間をもっと知りたいと思いました。梨枝もそう思ってくれたみたい。婚姻届を出し、友人たちを招いて結婚報告のパーティをしました。梨枝は『うちは母親だけだし、会わなくていい』と言うんです。さらに聞いてみたら、梨枝の母親は独身のまま彼女を産んだそうです。相手は家庭のある人で、認知もされていない。それでも梨枝の母親は彼がいつか迎えに来ると思い込んでいたようです。梨枝は父親の顔も名前も知らない、と」
それでも会ったほうがいいと滋明さんは梨枝さんをともなって母親に会いに行った。ひとりで切り盛りしている小さな美容院のドアを開けると、客のいない店に母親がひとり座っていた。
「梨枝の顔を見ると、ああ、とうなずいていました。僕が『梨枝さんと結婚したいんです』と言ったら、『大人なんだから勝手にすればいいわ』と。おめでとうでもなければ僕の素性を聞くわけでもない。梨枝に促されてそのまま店を出ました。『だから会わなくていいって言ったのよ』と梨枝は苦笑していたけど、やはりどこか寂しそうでしたね」
梨枝さんと産まれてくる子を大事にしよう。滋明さんはそう心に誓った。
ところがその後、梨枝さんは流産してしまう。ふたりは思いのほか、それぞれに傷ついた。梨枝さんは気落ちしてすっかり心身の調子を崩した。滋明さんもまた、気持ちが不安定になって勤務先近くのクリニックにかかった。
「僕は梨枝にどう声をかけていいかわからなかった。正直言うと、彼女が体に負担をかけるような働き方をしていたからだとちょっと怒りもありました。でもなにがあってもめげないように見える彼女が寝込んでいるのを見ると、なにも言えない」
あるとき深夜に酔って帰ると、梨枝さんが泣いていた。黙って抱きしめた滋明さんも泣いた。それを境にふたりの心は寄り添うようになったという。
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