中国が早くも「尹錫悦叩き」、米国は「なんちゃって親米はやめろ」
「米韓同盟の復元」を訴える尹錫悦(ユン・ソクヨル)氏が韓国の大統領に当選した。中国は直ちに「ナメたら承知しないぞ」と脅した。すると米国が「親米をやるなら本気でやれ」と韓国に喝を入れた。早くも始まった「米中板挟み」を韓国観察者の鈴置高史氏が解説する。
THAAD追加配備は許さぬ
鈴置:尹錫悦氏の当選が決まった翌日の3月11日、中国共産党の対外宣伝メディア「Global Times」が韓国を威嚇しました。社説「China-South Korea ties need ‘respect,’ and it must be ‘mutual’: Global Times editorial」です。
・THAAD(地上配備型ミサイル迎撃システム)追加配備は中国の戦略的な安全を破壊する。朝鮮半島の平和と安定のためにならぬし、韓国を不安定な状況に落とし込むことになるかもしれない。
尹錫悦氏は選挙戦でTHAADの追加配備を公約しました。中国はこれに対し、自国の利益を損なうと神経をとがらせてきました。THAADの高性能レーダーが「中国の空」を覗くことになる、との理屈です。そこで当選したばかりの尹錫悦氏に「追加配備は許さない」と強くクギを刺したのです。
同紙は3月17日に「Cultural exchanges between China and S.Korea warming up but Yoon Suk-yeol must tread carefully: experts」を掲載、「韓国が落とし込まれる不安定な状況」を具体的に説明しました。
・明るい兆しの見え始めた中韓の文化交流に、尹の決定が影響を及ぼすかもしれない。
中国は2016年のTHAAD配備以降、韓国のゲームや映画などソフトの輸入を完全に禁止しましたが、最近になって解禁のそぶりを見せていました。「対中輸出、復活か」と韓国人を喜ばせておいて「追加配備に動けば、また輸入を止めるがいいのか」と威嚇した格好です。
THAADの用地を米軍に提供した韓国ロッテグループは、中国に徹底的にいじめられました。最後は中国全土に展開していた量販店網を売却し、完全撤収する羽目に陥りました。尹錫悦政権がTHAADの追加配備を進めれば、中国の報復はソフトの輸入禁止程度では済まない、と多くの韓国人は恐れています。
「互恵」が曲者
3月25日、習近平主席が初めて尹錫悦氏と電話で協議しました。中国外交部が習近平主席の発言を英文でも発表しています。
それによると、THAADに関する直接的な言及はなかったようです。韓国は安堵しました。中央日報は電話協議を報じた記事に「習近平『中韓相互尊重を堅持すべき』…北ミサイル・THAAD言及なかった」(3月26日、日本語版)との見出しを立てました。
――韓国を締め上げる手を緩めたのですか?
鈴置:韓国人はそう考えたいのでしょうが、中国はそんなに甘い国ではありません。習近平主席は「THAAD」という単語は使わなかったものの、依然として「THAADを追加配備するな」と迫っています。
習近平主席は尹錫悦氏に「中韓はこの機会(国交樹立30周年)を機に、両国関係を確固とした永続可能なものに増進するとの視点に立って互恵を確認し、政治的な信頼を強化し、人民同士の友好を深める必要がある」と述べました。
この「互恵(mutual respect)」という単語が曲者なのです。3月11日の「Global Times」社説は「『respect』には『mutual』が付いているのに注目せよ。中国が韓国を尊重するだけでなく、韓国も中国を尊重するということだ」と強調。そして次の段落で「『THAADの追加配備はしない』と韓国は約束したよな」と追い詰めました。
習近平主席が韓国に対し「互恵」と言ったら、それは「THAADを追加配備したら、承知しないぞ」という意味になるのです。
「3NO」はアリ地獄
――尹錫悦氏はなぜ、追加配備を公約したのでしょうか?
鈴置:在韓米軍へのTHAAD配備を初めに認めたのは朴槿恵(パク・クネ)政権です。ただ、中国の圧力で設置位置を南方に下げた。その結果、防衛範囲は韓国の南半分に留まった。ソウルを含む北半分をカバーするTHAADが必要との声が防衛関係者から高まっていました。
中国にすれば、追加配備は明らかな約束違反です。2017年10月31日、文在寅(ムン・ジェイン)政権は中国とTHAADに関する合意文書、通称「3NO(三不)」を取り交わしました。韓国は①追加配備を米国に認めない②MD(ミサイル防衛網)を米国と構築しない③韓米日3国軍事同盟などの中国包囲網に参加しない――の3点です。
尹錫悦氏は選挙期間中、在韓米軍ではなく韓国軍に配備するので①には違反しない、と主張しました。だが、韓国が自前のTHAADを配備しても、敵のミサイル発射を即座に探知するには米国の衛星情報が不可欠。米国と情報をリンクした瞬間、②に違反するのです。仮に、日本の衛星情報を頼みにすれば③を破ることになります。中国は韓国の自前配備という抜け道を予め想定して「3NO」を約束させたのです。
「3NO」はアリ地獄です。一度、この約束を結んだ以上、韓国が抜け出そうともがくほどに身動きが取れなくなっていく。今の韓国は足をすべらせてアリ地獄にはまり込み、はい上がろうともがくたびに底にズルズルと堕ちて行くアリなのです。
首都圏の防空システムが不完全なままなら、韓国は北朝鮮だけでなく、中国やロシアからも容易に核で恫喝されることになります。最近、ロシアがウクライナで戦術核を使うそぶりを見せました。核使用のハードルが一気に下がったのです。
3月24日に北朝鮮は米本土に届くICBM(大陸間弾道弾)の実験に成功した模様です。米国人が自らの頭の上に降って来る北の核ミサイルのリスクを受け入れながら韓国を防衛するのか――。米国の核の傘に対する韓国人の信頼感も落ちています。
そんな時にミサイルを撃ち落とすミサイルを増強できない。尹錫悦政権下で文在寅政権の非道が裁かれていくでしょうが、韓国の国益を最も毀損した失政の1つが、この「3NO」と見なされるだろうと思います。
Quadに入りたいなら正式に入れ
――しかし、米国の核の傘はまだ存在します。
鈴置:それに本当に期待できるとしたら、米国から真の同盟国と認められた時でしょう。米国の外交専門家は韓国をまともな同盟国と見なさなくなっています。
典型的なのが日米豪印の枠組みであるQuadです。韓国は中国包囲網に入れば中国からいじめられると考え、逃げ回ってきました。米国がいくら参加を呼び掛けても、文在寅政権は「そんな話は一切聞かされていない」と言い張った。米国をなめきった態度です。
東アジア専門家でCSISのヴィクター・チャ(Victor Cha)韓国部長は「もし聞かされていないのなら唯一の同盟国である米国から疎外されたわけで、韓国は怒ってしかるべきだ」とからかっています。朝鮮日報の「Why Won’t S.Korea Joint the Quad?」(2022年3月7日、英語版)で読めます。
尹錫悦大統領も米国のいらだちはよく分かっている。そこで選挙期間中、「[Quad]傘下のワクチンなどのワーキング・グループに加わりつつ、追って正式な加盟を模索する」と公約しました。
しかし、そんな中途半端な姿勢を米国は許さない。政権発足前の3月19日、国務省が所管するVOA(Voice of America)は「米国務省、尹当選者のQuad公約に『外部パートナーとの協力手続き無し』」(韓国語版、発言部分は英語と韓国語)を報じました。
この記事で国務省スポークスマンは「今のところ、Quadは外部パートナーとの協力の手続きは備えていない(To date, the Quad has not developed procedures for cooperation with outside partners.)」と宣言したのです。
「正式にTHAADに加わって中国に対峙せよ。中国が怖いからといってワーキング・グループだけに入るなどというせこいことはやめよ」と韓国を叱りつけたわけです。
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