欲望に忠実で自由な料理人「レイチェル・クー」 日本のテレビ界にも欲しい逸材

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 最近、冷凍かぼちゃにリンゴとレーズンとくるみを刻んで入れて、シナモンとカルダモンとナツメグとバターをドバッと放り込んで、レンチンして食べている。バターはケチらない。「バターはすべてを美味しくする!」と彼女が言っていたから。彼女とは、フードライター兼料理人のレイチェル・クーだ。私が世界で一番好きな料理人である(他を知らないからだけれど)。

 彼女に魅了されたのは5年前。イギリスのBBCで制作された番組がEテレで放送され、ひと目ぼれした。彼女がパリのアパルトマンで小さなレストランを営む「レイチェルのパリの小さなキッチン」は強烈だった。

 テレビ向きではない雑然とした狭い台所で、本格的で見事なコース料理を作る。冷蔵庫は冷凍室が壊れているし、オーブンも小さい。モロッカンタイルの壁には、鍋やフライパンがごっちゃり掛かっている。ところどころ剥げたホーローのボウルを愛用し、机よりも狭い調理台で小気味よく作業する。ミニマムかつ庶民的な調理スタイルが好みだったし、なんといってもレイチェルが魅力的。パキッとした赤やピンク、目の覚めるようなブルーやグリーンなど、極彩色の服を好む。口紅はマットな赤かフューシャピンク。すごく似合う。

 食べることも料理を作ることも大好き!というのが伝わってくる。身振り手振りも、味を伝える言葉も、表現力が豊か。味見して自画自賛する姿はso cute!!

 その後も「おいしい旅レシピ」「キッチンノート」「スウェーデンのキッチン」「おうちごはん」とシリーズが続いた。この間に彼女は結婚してスウェーデンに移住。で、最近日本で放送されたのが「チョコレート」だ。

「パリの小さなキッチン」の後、レイチェルはどんどん自然派志向になり、ビーガン料理を作るようにもなった。全粒粉やら低脂肪やらとこうるさいこと言わず、バターや砂糖をゴブッと使うレイチェルはどこへいったの?! 正直ちょっと寂しいと思っていたところでチョコレート、キターッ!!

 今回は甘いものはもちろん、パスタのトマトソースやサラダにもチョコレートを使用。久しぶりに、レイチェル名物「メレンゲの泡立て具合を表現するために、泡立てたボウルを頭上でひっくり返す(落ちてこないくらいの固さ)」も観られたので、個人的には満足だ。

 料理だけでなく、取材にも出向くレイチェル。感覚科学を研究するロンドン大学で味覚の実験をしたり、スウェーデンでチョコレートと酒の相性を教わったり。謎のカカオセラピーまで受けて、スピリチュアル臭が不穏な回もあったが、マンネリ打破は長寿番組の宿命と思うことにしよう。

 あああああと笑うレイチェル、日本でいうところの迎え舌のレイチェル。所作すべてが開放的で気持ちいい。料理は時に大胆、基本は繊細。決して雑ではない。レイチェルのように、因習やお作法や常識にとらわれず、欲望に忠実で自由な女の料理人が、日本のテレビにも欲しいんだけどなぁ。雑で豪快なおばさんや、柔和なおじさんじゃなくてさ。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2022年3月31日号掲載

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