ウクライナ侵攻長期化なら北方領土返還の可能性 日本も考えるべき「悪魔の選択」

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北方領土問題を前進させるチャンス

 ただ、戦後一度だけ、ロシアが北方領土問題に真剣に向き合った時がある。91年のソ連崩壊直後だ。当時のロシアは困窮の底にあり、GDPは半減した。そんな中、当時のボリス・エリツイン大統領は橋本龍太郎総理と会談を重ね、少なくとも歯舞と色丹の二島返還まで譲歩する姿勢を見せたという。背に腹は替えられなかったのだ。ロシアが北方領土問題に真剣に向き合ったのは、この時だけ……。つまり経済的には行き詰まり、政治的にも権力が不安定なこの時期だけだったのだ。

 これらのことを踏まえると、今回の戦争が日本に与える影響を考える上で最も重要なポイントは、ウクライナの勝敗でないことが分かる。肝心なのは、今後のロシア国内情勢だ。当初は数日で決着をつけるつもりだったプーチン大統領だが、戦闘はすでに長期化し、ウクライナに派遣されたロシア軍将官7人が戦死しているという。また、日本を含む欧米各国はロシアへの経済制裁で足並みを揃えているし、グローバル企業は次々とロシアから撤退している。それらの企業は長期にわたり再進出しないことが見込まれるため、ロシア国内の経済は今後、確実に悪化する。プーチン大統領が失脚、または暗殺される可能性もゼロではないし、トップの座を守ったとしても今のような強権政治を維持する体力はないだろう。つまり、ロシア国内は混乱を極める。皮肉にも、日本にとってはその時が北方領土問題を前進させるチャンスなのだ。繰り返すが、現下のウクライナ情勢を顧みず悪魔のように日本の国益だけを考えれば、ロシアが苦境に立たされるのをじっと待つというのも有効なのだ。こうした考えを永田町や霞が関の関係者に伝えたところ、いずれも否定的な答えが返ってきた。今は西側諸国とともにロシアの非道を許さないという態度を示すべきであり、制裁の手を緩めてはならない。将来の北方領土返還を考えて甘い顔を見せれば、先々ロシアに足元を見られるというものだった。これも正論だ。

 一方で、元外交官からは次のような答えが返ってきた。

「実は自分も同じことを考えていた。ただ、日本ではこうした考えが受け入れられない。なかなか許されない議論だろう」

 その通りだろう。しかし、議論が許されないからと言って、起こりうる可能性の分析を放棄してはならない。政治や外交は、時に冷酷さをともなう。そして、軍事力を使わず領土を奪い返すという離れ業を成し遂げるためには、より一層の大胆で細心な外交戦略が必要となる。いままさに日本はそれに直面しているのだ。

 岸田総理は、野党の不人気もあり、安定した政権運営を確保している。そんな岸田総理だからこそ、戦争終結の時期とその後のロシア情勢を冷徹に分析して、日本の国益につなげるしたたかさが求められる。近視眼的な議論ばかりではなく、中長期的な視野を持たなければならない。

武田一顕(たけだ・かずあき)
元TBS北京特派員。元TBSラジオ政治記者。国内政治の分析に定評があるほか、フェニックステレビでは中国人識者と中国語で論戦。中国の動向にも詳しい。初監督作品にドキュメンタリー映画「完黙 中村喜四郎~逮捕と選挙」。

デイリー新潮編集部

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