濱口メソッド、入れ子構造…映画「ドライブ・マイ・カー」の“凄さ”を検証する

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日本アカデミー賞に与えた影響

「ワーニャ伯父さん」の使い方も絶妙。映画のストーリーときれいにシンクロする。

 この戯曲の主人公・ワーニャは、死んだ妹の夫・セレブリャコフ教授の生活を支えるため、47歳まで姪のソーニャとひたすら働いた。教授を尊敬していたから苦ではなかった。

 しかし教授は退職後,若くて美しいエレーナを後妻に迎えるなど俗物ぶりとエゴをあらわにする。ワーニャは半生を捧げた人物の本性を知り、絶望した。

 一方、ソーニャは医者のアーストロフを秘かに愛していたが、医師はエレーナに心を奪われてしまい、やはり深く傷つく。

 それでもソーニャは死まで口にした伯父のワーニャを慰め、生き続けることを促す。

 この戯曲に基づく多言語劇は映画の終盤で上演される。ある事情でワーニャを演じなくてはならなくなった家福を、ソーニャ役で言葉が話せないイ・ユナ(パク・ユリム)が、韓国手話で「それでも生きていくほかないの」と力づける。

 この瞬間、ワーニャとソーニャが、家福とみさきに重なり合う。みさきは目の前で葛藤する家福に対し、自分の過去を告白。その上で家福を慰める。男女の愛情からではない。生きる者同士として救った。

 何があろうが、生きなくてはならない。これが映画の大きなテーマ。やはり国籍や人種などを問わず通じる。この映画はアジアや日本への興味から欧米等で注目を集めた訳ではない。

 米国で最も影響力のある映画批評サイト「ロッテントマト」には「濱口監督は人間を描く達人」といった賞賛がずらりと並ぶ。日本時間で23日現在、この映画を観た評論家のうち97%が高評価を与えている。

 もちろん国内での評価も高い。11日に発表された日本アカデミー賞では最優秀作品賞など8冠を達成した。

 この映画は過去の多くの最優秀作品賞受賞作と違い、製作に映画会社もテレビ局も関係せず、配給元も大手、準大手ではない。その点、異例と言えた。

 これに対し、元松竹専務で映画プロデューサーの奥山和由氏(68)はツイッターでこう意見を述べた。

「海外の受賞ラッシュのニュースが無ければ、この日本~ではひとつも受賞してなかったどころか、優秀賞もなかったと思う」(3月13日)

 前出の映画ライターも同意見。映画関係者たちが日本アカデミー賞に影響を与えたと見る点でも凄い作品なのだ。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。大学時代は放送局の学生AD。1990年のスポーツニッポン新聞社入社後は放送記者クラブに所属し、文化社会部記者と同専門委員として放送界のニュース全般やドラマレビュー、各局関係者や出演者のインタビューを書く。2010年の退社後は毎日新聞出版社「サンデー毎日」の編集次長などを務め、2019年に独立。

デイリー新潮編集部

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