「若い頃の父にもう一度会えたら…」 日韓英トリリンガル俳優・玄理が感じたきっかけとは
若い頃の父にもう一度会えたら…
「帰りはちょっと坂だからきついな」
坂なんてなかった。少なくとも私には分からなかった。
あれは、父なりの強がりだったのだろうか。それとも、足腰が弱くなった父には堪える傾斜が確かにそこにあったのかもしれない。
「そうだねー」と話を合わせつつ、気付けば私は心の中で「行かないで」と叫んでいた。どこに、行かないで、なのだろうか。父は隣にいて、私の方が遥かに歩く速度は速いというのに。もちろん「逝かないで」なんて物騒なことを思ってたわけではないけど、私は何度も「行かないで、もう少し待って」と心で唱えてた。それはやっぱり「逝かないで」と同じなのだろうか。
もう一度会いたい人は誰か、と聞かれたら、私は、若い頃の父にもう一度会いたい。
自分が大人になって、一人でお金を稼いで生きていくことがどんなに大変かよく分かった。家族を養い従業員を養うというのは並大抵のプレッシャーじゃなかっただろうと思う。
心を許せる友達はいたのだろうか。
私が話を聞いてあげたい。寒い日でもアイスコーヒーを頼む父のグラスに、ガムシロップをたっぷり入れて。
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