ウクライナ戦争が日本に突きつける「老朽化原発」再稼働問題
ロシアのウクライナ侵攻は泥沼化の様相を呈している。主要都市へのミサイル攻撃による民間人の被害が拡大しており、西側諸国は激しくロシアを批判している。一致して取り組んでいるロシアへの経済制裁も強化される見通しだ。
そんな中で、最大の焦点がロシア産エネルギーの行方である。パイプラインでつながっている欧州諸国のロシア依存度は高く、ドイツのガス使用量の4割以上をロシア産が占める。米国は早々にロシア産原油や天然ガスなどエネルギーへの禁輸措置に踏み切ったが、ドイツなどはエネルギーを制裁対象から外している。2021年のEU(欧州連合)の天然ガス輸入では約45%、原油輸入では約27%がロシアからである。
それでもドイツは中長期的にロシア産エネルギーへの依存度を下げる方針を打ち出しているが、直近でガス輸入を止めればドイツ自身の国民生活が大打撃を受けることになる。西側諸国は銀行間の決済ネットワークであるSWIFT(国際銀行間通信協会)からロシアの主要銀行を排除する経済制裁に踏み切ったが、エネルギー取引の決済に使われる最大手の「ズベルバンク」と3位の「ガスプロムバンク」については排除対象から除外した。これもロシア産エネルギーに依存しているドイツなどに配慮したとの見方が支配的だ。
もっとも、ロシアのウクライナ攻撃がエスカレートする中で、いつまでもエネルギーを制裁対象から除外し続けられるかどうかは微妙だ。第二次世界大戦で旧ソビエト連邦軍と直接戦ったドイツはロシア人を心底恐れている。ウクライナ侵攻を許せば、さらに旧ソ連圏諸国へと触手が伸びてくることになりかねない。ドイツが軍事費予算を急遽2倍に引き上げたり、これまでは封印してきた紛争地への武器供与を、ウクライナについては解禁したことも、その「恐怖」の反動と見ることができる。さらにロシアの戦闘が拡大した場合、ドイツ自身が身を切ってでもエネルギー輸入を止める可能性は出てくるだろう。また、逆にロシア側が経済制裁への対抗手段として欧州へのガス供給を止めることも十分に考えられる。
原油以上に問題なのは「天然ガス」
問題はそこまで対立がエスカレートした際の日本への余波だ。日本のロシアからの2020年のエネルギー輸入は、原油で3.6%、天然ガスで8.4%である。一見影響は大きくなさそうだがどうか。
ロシア産原油の世界全体の原油生産量に占める割合は12.6%で、米国の17.1%に次ぐ2位。サウジアラビアの12.5%よりも若干多い。原油の場合、サウジアラビアなどOPEC(石油輸出国機構)に増産余地がまだあり、仮にロシア産原油が止まっても、需要を賄えないことはなさそうだというのが専門家の見立てである。実際、原油先物価格が1バレル=140ドルの最高値を窺ったところで下落しているのは、OPEC(石油輸出国機構)の増産見通しが出てきたためだ。もちろん、だからと言って価格が下落を続けるわけではないので、原油価格上昇によるガソリン代の高値は当面続くだろう。
日本にとっての問題は天然ガスだという見方は専門家に共通する。ロシアは世界の天然ガス生産量の16.6%を占め、米国の23.7%に次ぐ。3位はイランの6.5%、4位は中国の5.0%だ。天然ガスの場合、長期契約の調達が多く、スポットで手に入れようと思うと価格は極端に高くなる。日本の場合、パイプラインではなく、LNG(液化天然ガス)に変えて船で輸入するため、LNG施設を持つところとしか取引できない。つまり、ロシアからのガスが万一にも禁輸になれば、その穴埋めをするのは難しく、原油や石炭など別のエネルギー源に移行せざるを得なくなる。そうでなくてもタイムラグを経て今後大幅に上昇する見通しの電気料金はさらに上昇せざるを得なくなる。
ロシア産LNGを担っているのはロシア極東での石油ガス開発事業「サハリン2」である。すでに英国の石油大手シェルがこの「サハリン2」からの撤退を表明している。「サハリン2」には三井物産が12.5%、三菱商事が10.0%出資しており、今後、日本がどう対応するかが焦点になっている。
「サハリン2」などサハリンでのエネルギー開発は、中東湾岸諸国への依存度を下げたい日本政府肝煎りのいわば「国策事業」である。問題はこの事業から、日本も撤退せざるを得なくなるのかどうかだ。
排除できない「サハリン2」撤退シナリオ
萩生田光一経産相は国会で対応を問われると、「撤退することがロシアに対する経済制裁になるのだったら一つの方法だが、われわれがいま心配しているのはその権益を手放したときに、第三国がただちにそれを取ってロシアが痛みを感じないことになったら意味がない」と答弁し、すぐに撤退を決めることに否定的な考えを示した。第三国というのは当然、ロシア擁護の姿勢を貫いている中国のことと思われる。
日本もドイツ同様、エネルギーを経済制裁の「枠外」と捉えて、サハリン2の利権は確保し続けたいというのが経産省の考えだが、ウクライナ情勢がさらに深刻化し、ドイツもエネルギーを例外扱いにしなくなったりした場合、日本が国際世論に負けてサハリン2利権を手離さざるを得なくなる可能性もある。また、すでにロシアは日本の制裁への対抗として「平和条約交渉の中止」などを通告してきているが、場合によってはサハリン2をロシア政府が接収することなども考えられる。
ロシア産の原油や天然ガスが全面的に西側諸国に来なくなった場合、とりあえずはOPECの増産で乗り切れるというシナリオは根底から崩れる。当然、エネルギー価格はいま以上に上昇するのは確実だし、そもそもエネルギー調達不足が生じる可能性もある。欧州でロシア産ガスが止まることも想定し、すでに米国などの呼びかけでLNGを欧州向けに振り替える協力態勢ができている。これが本格化した場合、日本に入ってくるLNGが足りなくなり、電気料金が急騰することも十分にあり得る。
「新しい原発の方が安全に決まっている」
3月22日、経済産業省は東京電力と東北電力の管内を対象に、初の「電力需給逼迫警報」を発令した。3月16日に発生した東北地方での地震によって火力発電所が停止しているところに、気温が大きく低下、電力需要が急激に増えたためだ。経産省の呼びかけにもかかわらず22日は朝から需要増が続いたため、午後になって萩生田経産相が緊急会見し、「このままでは、いわゆるブラックアウトを(深刻な大規模停電)を避けるために、広範囲で(一部地域の自動的な)停電を行わざるを得ない」とさらなる節電を呼びかける事態になった。結局、揚水発電などのバックアップにより停電は避けられたものの、日本の電力供給体制の綱渡りぶりが鮮明になった。
これを受けて、経団連の十倉雅和会長は、「既設の原子力発電で安全性が担保されて地元住民の理解が得られる原発については速やかに稼働をしないと大変なことになる」とし、原発再稼働に言及した。さらに「世界がロシア離れをしてLNGを集めようとしているが大変だ」と指摘。「原発の有効活用を真剣に考えるべきだ」とした。
これまで政府は、安全が確認された原発から再稼働を進める、としてきたものの、将来のエネルギー源として原発をどうするかという議論は避け続けてきた。2011年の東日本大震災に伴う東京電力福島第一原発事故以来、国民の反原発感情は収まっておらず、政治家も真正面からの議論を避けてきた。政府が昨年11月に閣議決定した「エネルギー基本計画」でも、「再生可能エネルギーの拡大を図る中で、可能な限り原発依存度を低減する」という姿勢は変えていない。老朽化している原発の建て替え(リプレイス)や新設については議論を封印したままだ。一方で、足らなくなる電源を補うために、老朽化した原発の稼働期限を延長する方向性を窺わせる内容も基本計画には盛り込まれている。
だが、目先の需要を賄うために、老朽原発の再稼働や稼働延長を「なし崩し」で進めていくことには危うさを感じる。原発推進派の経産官僚OBですら「30年以上前の技術でできた原発よりも新しい原発の方が安全に決まっている」と語る。より安全性の高い小型原子炉を活用したリプレイスや新設などの議論をむしろ真剣に始めるべきではないのか。ウクライナ戦争をきっかけにしたエネルギーの逼迫を機に、本当の意味でのエネルギー安全保障を考える時だろう。